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出逢ってはいけない 13

「翠、何があっても、もう一人で突っ走るな」 「……流……ありがとう。うん、分かっているよ。僕の躰は、もう流のものでもあるからな」 「そうだ。何かあった時は、必ず俺を呼べ」  肩に置かれた流の逞しい手。その重みと温かさが今は心地良い。  今度、達哉に会ったら、それとなく聞いてみよう。克哉くんの容態とその後を……あの日以来、克哉くんは建海寺を勘当されそのまま家を出され、寺は継がずにサラリーマンをしているとは聞いていた。僕の方が全く興味がなかったので、それ以上のことは聞かなかった。あの宮崎で会う迄は、意識の底に葬っていた相手だった。  なのに宮崎で再会し、その後、彼の奥さんの訃報。  何故だか嫌な足音が聞こえるようで恐ろしくなる。  今、こうやって過ごしている平穏な時にも、時折感じる不安だった。  でも……もう僕は以前とは違う。    この夏ようやく流と結ばれて、遠回りしたが幸せを手に入れたばかりだ。  克哉くんにはもう関わりたくない。この日々を絶対に守り抜きたい。 **** 「誰だ?」 「あっ丈さん、薙です。洋さんいますか」  離れのドアを開けると、薙とその横に見慣れぬ少年が立っていた。  一体……誰だ?  この寺に見知らぬ人物を簡単に踏み込ませないで欲しいと思った。だから不機嫌に答えてしまう。 「……洋に何か」 「あっ今日、勉強を見てもらう約束をしていて、その、友達も一緒に」 「……」  翠兄さんには悪いが、随分と不躾だと思った。この離れは私たちの城で、部外者に簡単に入って来て欲しくない。薙には悪いが、君たちは侵入者だと思った。 「あの……?」  薙は悪びれることもなく部屋の中を覗き込もうとしたので、私は彼らと一緒に外に出て、ドアをバタンと音を立てて閉めた。 「洋は風邪をひいて眠っている。だから今日は無理だ。勉強なら流兄さんにでもみてもらうといい」 「……そうなんだ。ふーん、分かったよ。オレ……丈さんはもっと親切だと思っていたよ」  捨て台詞を吐いて、薙は拗ねたように背を向けた。  大人げないことをしてしまったか……だが、しょうがない。  どうやら私は洋との生活を脅かす存在については、徹底的に排除したくなる癖があるようだ。  部屋に戻ると、洋が慌てて服を着ていた。 「あれっ帰っちゃったの? 丈、あの冷たい言い方はなんだよ。俺が英語を教えてやるって、約束していたのに」 「……洋は熱がある」 「心配症だな。こんなの微熱だろう」 「はぁ……洋、お願いだ。心配かけないでくれ。勉強なら洋じゃなくても大丈夫だ。それよりお前はこじらすと気管支炎になりやすいんだし……もっと自分を大切にしてくれ。ここは洋と私の城なんだ。誰にも踏み込ませたくない」  私としたことが何故こんなにムキに、感情的になってしまうのか。   「丈……どうした?」  洋が私の様子が変だと思ったのか、労わるような声を出した。 「あぁすまない。なんだかこの寺の敷地に見知らぬ少年がいたのが気になって……」 「あ……彼は薙くんの親友みたいだね。あの薙くんがここまで連れてくるなんて、よっぽど仲いいんだね。そんな友達が出来てよかったな」  洋は無邪気に喜んで嬉しそうに言うが、私は気になってしまう。  そんな私を察してか、洋の方から軽いキスをしてくれた。 「あっ……キスはまずかったか。風邪うつるかな?」  いたずらに笑う甘い笑顔。  この笑顔を守るためなら、私は鬼にもなれるだろう。   「寂しかったのは……私の方かもしれないな。当直の後は、洋が恋しくて堪らない」 「俺もだよ。夜中に起きて、丈がいないのが寂しかった」 「だからソファで?」 「うん、夢を見てね。その話を丈にしたかったんだ」  夢……嫌な夢じゃないといいが。 「なんの夢だ?」 「父の夢を……あっ実の父だよ」 「それは珍しいな」    それを聞いてホッとした。 「うん、顔もろくに覚えていなかったのに、夢の中では動いて喋って、笑ってくれたんだ」 「そうか……」 「ハンバーグを俺に作ってくれていた」  そこであのハンバーグと結びつくのか。 「なるほど、昨日のハンバーグが呼んだんだな」 「父さんのハンバーグが好きだった。好物だった。そんなことも俺は忘れて……」  そう呟く洋は幼い子供のように、心もとなく寂し気だった。 「忘れたんじゃないだろう。洋はまだ幼かった。記憶とはそういうものだ」 「ん……でも……俺……申し訳なくて……」 「そんなこと言うもんじゃない。天国のお父さんも洋が頑張ってハンバーグを作っているのを見て、微笑ましく思ったはずだ」 「そうかな。俺が父さんに似たら、もっと料理上手で、丈のために色々作って、丈の負担を減らせたのにな」 「おいおい、これ以上私の仕事を取り上げないでくれよ」  ソファにもたれながら、過ぎ去りし日々を追憶する洋。  遠い過去を思い出すほど、洋の心は解放されている。それは嬉しいことだが、こういう風に寂しく悲しい思いもしてしまうだろう。  そんな時は、いつも隣にいてやりたい。  洋の感情のすべてを理解できるわけではないが、隣にいてあげることは、出来るのだから。

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