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出逢ってはいけない 12

「クシュンっ」  胸に抱いた洋が、肩を揺らしてクシャミをした。 「おいおい、こんな所で寝たから、また風邪をひいたんじゃないか」 「う……ごめん。夜中に起きたら眠れなくなって」 「とにかく何か温かいものを飲め。それにもう朝の十時を過ぎているぞ」 「えっ! もう、そんな時間なのか」  洋が時計を見て驚いていた。  慌てて狼狽している様子も可愛いな。最近は少し男らしく強くなってしまったと思っていたが、こんな表情や行動をされたのでは、いつまでも私が手放せない。いや手放すつもりなんて……毛頭ないが。 「私が帰ってくるまで、眠って待っているつもりだったのか」 「そういうわけじゃ……でも丈がいなくて寂しかったのはあるかな」  洋は素直に認め微笑んだ。  そんな洋を眩しく見つめながらも一旦離れ、キッチンに立ちながら会話を続けた。 「昨日何かあったのか」 「いや……そういうわけじゃ」 「ん? なんだこれは……」  牛乳を取り出そうと冷蔵庫を開けると、見慣れぬ物体があった。  うう……これはなんだ?  黒くて楕円形で、ずいぶん焦げている。  まさか……もっもしかして、これはハンバーグなのか。 「あっ丈……俺ね、昨日ハンバーグを作ったんだ。冷蔵庫に入っているだろう?」 「……あ、あぁこれだな」  やはり、これはハンバーグなのか。はぁ…… 「その……見よう見まねだったから、見栄えは悪いけど、味はそうでもないんだ。丈にも食べて欲しくて持って帰って来たよ」 「そっ……そうか。ありがとう」    洋の不器用さは今に始まったことではないが、相変わらず上達していないようだ。でも洋が私のためにと思うと、嬉しさの方が勝る。これはまるで親馬鹿の境地だ。 「早速食べてみるよ」 「本当? 嬉しいよ」  パジャマのままの洋にホットミルクに蜂蜜を落としたマグカップを渡し、私はハンバーグを温めて食べてみた。 「……?」  本当にハンバーグ? どうして、こんな……グミのようなマシュマロのような、得体の知れないふわふわ、べちゃべちゃな……未知の食感になるんだ。 「どうかな?」 「……一体何故こんなに緩くなった?」 「あっなんか固まらなくてさ」 「きちんと分量をみたか」 「う……最初は見ていたんだけど、こぼしたりしているうちに、おかしくなって……」 「全く、洋らしいな」 「丈はいつもきっちり量っているもんな。流石、理系だ」 「そういう問題じゃ」 「クシュっ」  また洋がクシャミをする。見れば顔も赤くなって熱っぽいじゃないか。額に手をあててやると、案の定、微熱があった。 「熱が出て来たな」 「また? あーどうして俺はすぐに風邪をひくんだろう」 「とにかく今日はもういいから眠っていろ」 「うん……」  話をしていると、玄関のインターホンが鳴った。 「誰だろう?」 「あっそうだ!約束してたんだ」  布団に潜ろうとした洋が、済まなそうに呟いた。 ****  日曜日の午前中。  師走ということもあり忙しくなると思っていたが、嵐の前の静けさなのか葬式も法要もなく、穏やかな朝を過ごしていた。  遅めの朝食も終え、僕は食卓でそのまま新聞を読み、流が後片付けをしていた。薙は期末テストの勉強があるから友達と勉強してくると言って、どこかへ出かけていった。 「兄さん、洋くんは朝ごはんに現れなかったな」 「そうだね……きっと疲れて寝坊したのだろう。もともと昨日は丈がいないから、母屋で食べただけだしね」 「そうだな。でも洋くん少し落ち込んでいたような気がして」 「うん、もしかしたら……お母さんのことを思い出したかもしれないね」  そこは少し気になっていたところだ。  薙と暮らすようになって両親の存在や思い出について、洋くんが思い出すシーンが必然的に多くなっているだろう。でも、それは悪いことではない。そうやって思い出してあげることも供養の一つなのだから。  それに今の洋くんには、寂しさを補ってくれる丈がいる。洋くんも丈に素直に甘えることで、丈もその思いを懐に迎え入れて、ふたりの絆はより深まっていくだろう。 「まぁあまり心配はしていないよ。あの二人のことは」 「そうだな。俺は兄さんが、翠のことの方が心配になるよ」 「え……なんで?」 「まだ片付いていない問題があるだろう」  流が少し声のトーンを低くして、告げた。  僕が見ないふりをし、先延ばしにしているのを流は知っている。  それが何を暗示しているか。言葉にはあえて出さないが、不穏の種ともいう人物の存在。それを忘れたわけではない。  どうして……あの宮崎旅行で出会ってしまったのか。  もう避けたまま終わらせたかったよ、克哉くんとの縁は。  もう、いらなかった。  

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