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迫る危機 4

   呼ばれた声に弾かれ顔をあげると、向かいのホームに洋くんが立っていた。 「あ……洋くん」  洋くんは、僕の顔を見るなり酷く心配そうな表情を浮かべ、ホームを出口に向かって一気に走り出した。 「翠さん待って! お願いです! そこにいて下さい!」  そう叫ばれて……困惑した。(駄目だ……来ちゃ駄目だ)  だって今、洋くんを前にしたら……何もかも話して泣いてしまいそうだ。僕の方がずっと年上なのに恥ずかしい。彼は過酷な過去を背負って生きた分だけ、心が強い人なのに、僕は……こんなにも弱い。 「まもなくホームに電車が到着します」  ホームへ滑り込んできた電車に急いで乗り込んだ。  洋くんは間に合わないが、これでいい。  ひとりで行ってくる。どうか、もう放って置いてくれ。    ところがドアが閉まる瞬間に、また叫ばれた。 「翠さん、そんな恰好で何処へ? せめてこれを!」    閉まりかけのドアを滑り込んできたのは、月の形のキーホルダーだった。僕の足元にカシャンっと音を立てて落ちたのを拾った瞬間、電車のドアは完全に閉じてしまった。  「それを持っていて! お願いです! 」  なんの変哲もないキーホルダーを何故?  そう聞き返したかったが、電車は静かに動き出した。  ホームで手を突いて、項垂れ、息を切らす洋くんの姿が、どんどん小さくなっていく。  果たして僕は、無傷でここにまた戻って来られるだろうか。  重たい空気が、じわりと車内に立ち込めた。  そんな僕の手のひらには、洋くんが投げてくれたキーホルダーが握られていた。 **** 「薙のことが好きだ……だから」  拓人が浮かべていた涙を手の甲でグイっと拭って、意を決したように近づいてきた。   「拓人……その好きってどういう意味だよ。し、親友ってことだよな? おいっ! なんとか言えよ」  無言なのが怖い。  何を考えているのか分からない! 全然分からない!  次の瞬間仰向けに部屋のフローリングの上に押し倒された。僕は手も足も縛られているので、抵抗らしい抵抗が出来ずに焦った。 「好きの意味か……今から教えてやるよ」  拓人の手が伸びてくる!捕らわれてしまう!    っとその時、部屋にノック音が響いた。 「拓人、取り込み中悪いな。ちょっといいか」 「父さん……なんです? 」  拓人はチッと舌打ちをした。  別人のようだ。オレの知っている拓人はどこに行ったんだよ! 「父さんは今から迎えに行ってくる。お前はその子を見張っていなさい。くれぐれも自分の立場をわきまえるように。裏切りは許さないよ。お前の可愛い弟と妹、大好きな祖母……そのことを考えなさい。難しく考えなくていいんだよ。欲しいものを手に入れるだけだ。本当に欲しいものは、待っているだけじゃ逃げて行ってしまうよ。しっかり印をつけて逃げられないようにするのが一番いいんだ。父さんもまたそうするつもりだ。一回逃げられてしまった獲物を捕獲にいかねば」 「……はい」  なんだよ、この親子! どーなってんだよ!  狂っている‼‼   迎えに行くのは、信じられないことにオレの父さんで、恐ろしいことに、父さんに以前……所有の印をつけたという意味なのか。  くそっ! 父さんがここに来てしまうのか。  父さんに拓人の父親は何をするつもりなのか。  その想像はあまりに惨いもので、信じたくないものだった。  まさか……まさかだよな。 「オレの父さんなんだ! やめてくれ! 父さんっ来ちゃ駄目だーっ! 」  願うように叫ぶので精一杯だった。  何故なら……オレも既に捕らわれてしまっているから。  ごめん、ごめんなさい。父さん──  

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