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迫る危機 8

「翠! 翠っ、今、どこだ? 」  電車の中で大声を出してしまい、隣に座っている達哉さんが、心配そうに見つめてきた。 「流くん、今の着信……やはり翠からだったのか」 「あぁ確かに翠だった。そして……やはり克哉と一緒にいる」 「なんてことだ」    すぐにかけなおしたが、既に電源ごと切られていた。克哉の仕業だな。これではGPS機能で行方を探せないじゃないか。とうとう一番最悪なパターンが現実になったと確定してしまった。もちろん最悪のパターンを想像して、ここまで行動してきたが、やはりそうだったのかという気持ちで、克哉に対する怒りがこみ上げてくる。  翠……どうして俺に助けをもっと早く求めてくれなかった? 月影寺をひとりで出ていく前に、どうして相談してくれなかった。  もう翠は昔のように一人で全部抱えなくていい。そう何度も何度も教えてやったじゃないか。なのに何故だよ……俺では頼りにならないか。  いや……違う。俺が抱いた翠は、昔のままではなかった。  月影寺を出る時、言葉には発さなくても、確かに「助けて欲しい」という心の声がした。あの声が聴こえなかったら、俺は翠がいないのに、すぐには気付けなかっただろう。それに翠は、今、電話をして俺にSOSを求めてくれた。  翠も変わった。翠なりに前進している。  必ず助けてやる。絶対に助けてやる。  克哉との長年の因縁を、今度こそ俺がこの手で断ってやるから待っていろ! ****  まさかさっき洋に渡したばかりの超小型GPS発信機を、早速使うことになるとは。  洋との通話を終えてしみじみと思った。洋の声は、かなり緊迫していた。ただ事でないようだ。翠さんって、丈さんの一番上のお兄さんだよな。結婚式で見たが、かなり美しい男性だった。洋とはまた違うタイプだが、和装の似合う楚々とした雰囲気で……まさか、何か厄介なことに巻き込まれてしまったのか。  電源を入れていない発信機の対処か……  よしっ! すぐに開発部署に聞いてやるからな。 「なるほど。そうか! ありがとう。いや、こっちでやってみるから大丈夫だ」  開発部署によると、あの超小型GPS発信機には遠隔操作で強制的に電源を入れる機能がついているそうだ。あのキーホルダーを本人が身に着けているのが絶対条件だが、とにかく探査してみよう。その前に、ず洋に連絡だ。 「洋、朗報だ! 調べてみたら……」 「……安志、本当か! 」 「あぁ遠隔操作で電源を強制的に入れられるぞ」 「すぐに調べて欲しい」 「了解、ちょっと待ってろ」  俺はモニターに洋に渡した機種番号を入力して、開発から送ってもらったアプリを利用して強制的に電源ボタンを入れてみた。すると交信中の信号から電源ONの表示になった。    やった! 反応があったぞ。さらに検索をかけて場所を特定していく。かなり精度が高いので、居場所を確実に掴めるはずだ。何しろSP業を生業にするわが社の自信作だからな。  居場所は……東京の……渋谷区か。  更に詳しく詳細データーを集めて、解析結果を洋に伝えた。  おそらくこのマンションの一室にいる。そこまで分かった。 「安志、すごいよ! ありがとう。恩に着るよ」 「詳しいことは今度聞くが、こっちから警察を呼んだ方がいいか」 「……とにかく、まず流さんに聞いてみる! 」 「OK。発信機はこの場所から動いてない。このマンションで間違いなさそうだ」   **** 「翠さんの袈裟姿にそそられますよ。実にいいですねぇ」  一歩また一歩……じりじりと克哉が近づいてくる。  僕は動けない。動いたら薙に危害を加えると脅されているから。  その手が伸びて、手早く袈裟の胸元を乱された。はだけた胸に克也のねっとりとした手が這い……おぞましく、嫌悪感で吐きそうだ。 「やめろ! やめてくれっー! 父さんに触れんなぁ! 」  薙が必死に泣き叫んだが、その口を拓人くんに押えられてしまった。  最初は恐怖で震えるだけの僕だったが、ギリギリまで追い詰められると不思議と冷静になっていた。  この先の行為は中学生の息子に聞かせるものでも、見せるものでもない。それだけはせめて避けたい。 「克哉……そんなに僕の躰が欲しかったのか。力づくでも奪いたいのか」 「翠さん? へぇ~大人しく抱かれる気になったのですか」 「……あぁ、ただ、この部屋ではなく違う場所にしてくれないか。ここでは集中出来ない」  抱けばいい! 好きにすればいい!  たとえ僕の躰を無理矢理奪っても……絶対に心はやらない。それでもいいのなら。  どこか投げやりな……いやそうではない。流に抱かれた躰だから、勇気をもらったのだ。とにかく避けるべきことを優先させたい。 「へぇ~翠さんからそんな言葉を聞くとは意外ですよ。でも確かに俺も落ち着いてゆっくりとあなたを抱きたい……よしっ、あっちの部屋に行くか。おい拓人、お前、何をグズグズしてんだ。早く犯っちまえよ! 」  それに僕は、拓人くんを信じていた。  彼はそこまで悪人ではないはずだ。  その証拠にさっきから彼の手は震え、身体中から後悔の念が滲みでているではないか。まだ幼い子だ。母親を失ったばかりで心もとない足元を見られているのだ。いいように大人に扱われ……克哉くんに操られ、気の毒だ。 「拓人くん、君は一生かかっても償えない罪を犯す勇気があるのか。僕のこの傷を見て欲しい。大学時代に克哉につけられたものだ。目に見える傷だって、何十年経っても完全に癒えない。こうやって惨いことを思い出させる痕を残す。まして心の尊厳を傷つけられた傷は深いよ。一生……薙に恨まれる覚悟があるのか」  拓人くんへ伝えたかった。どうか伝わりますように。  生まれながらの悪人はいない。  彼はまだ十四歳だ……まだ今なら間に合う。 「おい、翠さんおしゃべりが過ぎるぞ。さぁ行こう。朝まで可愛がってやる」 「父さんっ! 待って。オレのために犠牲になんてならないで!」  薙の悲痛な声が胸に刺さる。  薙……僕の息子……僕のために、そこまで思ってくれるのか。  克哉に腕を強く掴まれ、隣の部屋へ乱暴に連れ込まれた。 「ほら、ここですよ! あなたのために特別に用意したものが揃っていますよ」  そこは、まるで僕を監禁するために用意したともいえる……惨い仕様になっていて、流石に足がガクガクと震えた。  

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