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迫る危機 9
それは洋くんからの連絡だった。
渋谷駅に着いた途端、願ってもない情報を得た。
内容は、偶然にも洋くんが今日安志くんから超小型GPS発信機付きのキーホルダーを貰い、それを北鎌倉駅ですれ違った翠に渡せたというものだった。
この広い渋谷の街で……あてもなく探そうとした翠の居場所が分かるとは、奇跡的だ。
改めて洋くんの存在に感謝する。彼は月影寺に要になっていると確信する。
洋くんによって、ずっとすれ違っていた丈と心を通わすことが出来たし、夕凪の謎から、俺たち兄弟が真に結ばれるところまで昇りつめられた。更に大切な翠の居所が分かった。すべては洋くんがもたらしてくれた。
「達哉さん、行きましょう! まだ間に合う」
何故かそう思った。
翠はそんな簡単にやられない。翠の真っすぐな気高さは、簡単には踏みにじられない。
克也には敵わない相手なんだ! 俺の翠は──
それ程までに、俺が愛した翠は、高潔な力で溢れている。
そんな訳の分からない確信が、俺を勇気づけてくれた。
****
「洋……心配したぞ。こんな所にずっと立っていたのか」
北鎌倉の駅から動けなくなった俺を迎えにきてくれたのは、丈だった。流さんに翠さんの居場所を知らせた後、無意識に丈に助けを求めていた。
「丈……来てくれたのか」
駅前なので抱きつくわけにもいかず、そっと一歩距離を縮めると……仕事帰りの丈からは微かに消毒液の匂いがした。いつもと何も変わらない丈の存在にほっとした。月影寺に戻らず、病院から直接駅まで車で迎えに来てくれたようで、そのまま背中を押され助手席に座らされた。
「洋、何があった? ひどく思い詰めた顔をしている。さぁ話して」
「俺……心配で堪らない。翠さんが……」
俺が知っていることをすべて話した。
もう丈に隠し事は出来ない。恐らくこれは月影寺全体の問題に発展するものだ。
宮崎で克哉さんに翠さんが再会し大浴場で脅されたこと……薙くんの友達の行動が心配だったことも……翠さんが血相を変えて東京方面の電車に袈裟姿のまま乗り込んで行ってしまったのも。
そして安志にもらったキーホルダーで位置情報を確認すると、今は渋谷のマンションの一室にいるらしいと、すべて話した。
月影寺の秘密は、丈と全部共有していきたい。
俺たちが……翠さんと流さんも含めて、この先、生きていくためにも、不穏な種を丁寧に摘んでいかないと……見逃してタイミングがずれると、今回のようになってしまうと痛感した。
「そうか……そんなことがあったのか。なんてことだ……不甲斐ないな。私は翠兄さんの弟でありながら、何も知らずに生きて来たのか。翠兄さんは、突然の結婚や月影寺を一度捨てたことなど不可解なことが多かったのに……今まで何も関心を持たず、全部流兄さんに任せっきりで……」
丈の後悔と俺の後悔が混ざり合う。
「俺ももっと早く……克哉さんの行動を皆に話せば良かった」
「いや、翠兄さんが口止めしたんだろう。仕方のないことだ」
「だが、結局こんなことになってしまって、悔しい。あの克哉という人の翠さんを見る目と触れる仕草に、ぞっとした。ちゃんと不穏な空気を拾っていたのに……俺が役に立てなくて、翠さんを窮地に立たせてしまった」
あぁ……駄目だ。震えてしまう。俺が恐れるのは、翠さんが俺のような目に遭ってしまうのではないかということ。まただ……あの日の痛みや恐怖がまた蘇ってくる。躰が冷え震えてしまう。
「洋、落ち着け……大丈夫だから」
丈が俺の顎を掴んで、唇をしっとりと重ねて温めてくれたので、しがみつくように丈の肩に手を回した。駐車場で人気がないとはいえ、普段だったらしない行動だ。丈の手が俺の背中をゆっくりと撫でてくれる。はぁはぁと震えていた呼吸が徐々に整っていくのを感じた。俺は丈の手が好きだ。
「渋谷の住所を教えてくれ」
「え……」
「私たちも駆けつけよう。兄の危機だ」
丈の冷静だが情熱のこもった声に、元気づけられた。
俺もそう思っていた。願っていた。
じっと北鎌倉で待ってなんか……いられないよ!
「あぁそうしたい」
「私たちも何かの役にたつかもしれない。何もしないよりも何か可能性のあることをしたい!」
車は一路、翠さんの元へ──
「行こう!」
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