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僕の光 9
「流……丈と何を話していた?」
病室に戻って来た流にすぐに問いかけたが、ニヤッと笑うのみで、教えてもらえなかった。
「後で分かるさ」
「なんだ? 」
「それより点滴も終わったのでシャワーを浴びてもいいそうだ。個室にはシャワーがついているから今から浴びるか」
「あぁ……すぐに浴びたい」
医師の丈によって隈なく消毒はされていたが、それでもまだ気持ち悪さが躰の芯には残っていた。
「よし、さっき着替えも買ってきてやったから、ほら……これ」
「流……いつの間に」
下着と浴衣だ。嬉しい。
克哉に脱がされた袈裟はもう二度と見たくなかったし、下着にも触れたくなかった。丈が着せてくれた病院のガウンタイプの寝間着も、着心地が悪かった。
本当に流はいつだって、僕の一番欲しいものを準備してくれる。
あの日……自分を失いかけて戻った月影寺で、つきっきりで僕を介抱してくれた日々を思い出す。
「さぁ立てるか」
「あぁ」
「おいで、脱がしてやるから」
流の手が僕に触れてくれる。
心地よくて温かい……その温もりに酔いそうだよ。
いつもの僕たちだ。
これで、ようやく。
****
見送りに廊下に出ると、丈が小声で教えてくれた。
「あの流兄さん……この個室、両隣は空いてますから」
「ん? それって……いいのか」
「……医師としては推奨は出来ません。でも……弟として、そうして欲しいと願っています」
「丈……お前……」
丈は、苦し気な表情を浮かべていた。
「躰の傷はそこまで酷くはなかったのですが、心の傷は翠兄さんにしか分からないものです。今日遭遇したことは、人として……男として、とても屈辱的で……耐え難いものです。今の翠兄さんは必死に平常心を装ってはいますが、心には大きな穴が空いて大怪我をしている状態です。それを埋めることのできるのは……翠兄さんが一番欲しいものです。流兄さん自身が薬なんですよ。特効薬です」
これには驚いた。
「丈……お前……そこまで俺たちを理解してくれていたのか」
「ええ。分かっています。兄さんたちのことは……もう。私は洋の時、大きな失敗をしています。すぐに気が付いてやれなくて助けられなかったから……だからこそ、流兄さんが間に合って良かった。早く一刻も早く……」
「丈、ありがとう。それでもお前は頑張ったよ。洋くんの砕けそうになっていた心を救ったのは、お前だ」
「流兄さん……ありがとうございます」
「いや、こちらこそだ。丈……今日ほどお前のことを頼もしいと思ったことはない。翠を診てくれてありがとう」
まさか俺が、丈とこんな会話をするとは夢にも思わなかった。
やはりこの世に起こる出来事は……皆、必然なのか。
全ての出来事が必然だと思っておけば、醜い後悔や憎しみなどの感情に左右される事がなく、安定した気持ちで冷静な判断が出来るのかもしれない。
冷静に物事を見つめれば……長年翠を苦しめて来た克哉を一掃できるチャンスに恵まれたのだ。拓人くんを正しい道に引き戻せたし……月影寺の皆が翠のために動き、一致団結できたのだから。
だが、犠牲になった翠の躰と心を想えば、綺麗ごとのようにも思えて来る。
とにかく、今は頭の中であれこれ考えている場合じゃない。
翠の求めるがままに、翠を抱いてやりたい。
この身を捧げたい!
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