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僕の光 10
病院の個室シャワールーム。
とても狭い空間で、僕は今……流に真っ裸にされて、背後から抱きしめられている。
お互いの躰に温かいシャワーの水があたっては、壁へと跳ねていく様子をぼんやりと見つめていた。
流はずっと無言だった。
何も話さない代わりに、僕の躰との間に少しの隙間も出来ないようにと、ぴったりくっついていた。
そんな流の手の平に、僕は手をそっと重ねた。
「流まで脱ぐことなかったのに……」
「……翠と少しも離れていたくない」
その一言に、僕は流にどんなに心配をかけたのかを思い知った。
「流……ごめん」
そう告げると、流が僕の躰の向きを反転させ、唇に指先をあててきた。
あ……こんな表情をしていたのか。とても、辛そうだ。
「翠、もう謝るのは、なしだ」
「だが僕が軽はずみな行動をしたから、お前に心配を掛けてしまった。全部僕のせいだ」
「ふぅ……それが翠の悪い癖だ。いつだって全部ひとりで被るな。さっき薙にも言われただろう。さぁ洗ってやるから、そのまま立っていろ」
「……分かった」
流がボディソープをよく泡立てたスポンジで、僕の躰を丁寧に洗い出した。足の爪先から耳の後ろまで、本当に隈なくすべての箇所を丁寧に優しく洗ってくれた。
本当はこんな風に……誰かに宝物のように大切にされるのには慣れていない。
いつだって長兄として、寺の跡取りとして、夫として、住職として、凛としていなくてはいけないと誓った心が、流の前だと成り立たない。
でもそれが……今の僕には心地よい。
僕も甘えていい。誰かに縋って助けを求めても許される。
それを流に夏に抱かれてから知ってしまった。そんな風に思えるのは、僕が流を信頼し愛しているからだということも知っている。
僕の前で跪く流を見下ろしていると、あの宮崎での日々を思い出してしまった。
「ふっ……流はあの時……鼻血を出したな」
「おいっ翠、せっかくのいいムードを台無しにするのか」
「ふふっ、あの時のお前の顔……困っていたな」
「翠、いい加減にしないと、こうするぞ」
突然流が僕の下半身の……すでに緩やかな兆しを見せていたモノを、パクっと口に含んだので、驚いてしまった。
「おっおい」
「もう全て洗ったから、あとは俺が必要だろう。俺で消毒してやるから」
「あ……」
狭いシャワールームの壁に押し付けられ、流の髪の毛に触れながら、僕は流に身体を委ねていく。
「うん……お前が欲しい」
「抱くぞ……その前に一度ここで」
下半身を動けないようにホールドされ、流の舌が陰茎を辿り、やがて亀頭に達する。くびれた部分の先はとても敏感になってしまった部分だ。流もそれを熟知しているから、舌先でそこを執拗に突いてくる。
「んっ……あっ……」
「我慢するな」
「だが……僕ばかり……」
「まずは翠からだ、さぁ一度出せ」
ジュっと音が出るほどの勢いで吸引されたかと思えば、羽毛のように柔らかいタッチで舐められて、あっという間に快楽の波にのまれていく。
「翠……今は何も考えるな。快楽に身を任せていればいい」
確かにそうだ。もう何も考えられないほどの圧倒的な気持ち良さに、もっていかれてしまう。
「あぁ……もうっ! 」
「ん、そのままイケよ」
脳内に閃光が走り、ふっと下半身の力が抜けると共に、躰から生暖かい液体がどろりと放出される感覚を得た。
「あっ!」
流がそれをゴクリと思いっきり嚥下してしまったので、驚いた。
「駄目だっ! 流……僕のなんて汚いっ」
「馬鹿だな、汚いなんて。翠は俺のものだ」
「流……」
流の覚悟が伝わってくる。
僕にとっても同じだ。
流は僕のものなのだから。
「翠、ベッドで抱くぞ」
「でも……」
「いいよな? 」
「う……ん」
ここは病室で僕は入院中で……そんなことが一瞬過ったが、快楽の波には逆らえそうもない。それに僕が流を欲しかった。僕が流に抱いてもらいたかった。
この身の不浄を……早く一刻でも早く、流で塗り替えて欲しかった。
「僕は……もうこれで克哉に追われなくて済むのか……ずっと怖かった。ずっと何かに狙われているような恐怖に包まれていた」
気が付くと、そう口に出していた。
やっと流に吐けた僕の弱音だった。
「もう大丈夫だ。アイツはもういない。警察に捕まったよ」
そんな僕を庇うように、流が胸にグイっと力強く引き寄せてくれた。
厚みのある胸板の奥から、規則正しい心臓の音が聞こえてくる。
僕も流も……共に生きている証だ。
「うっ……」
涙が突然零れる。
これは……遠い昔の僕が、ずっとずっと……聴きたかった命の音。
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