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『月のため息』(丈・洋編 6)
丈に促され慌ててシャワールームに駆け込み、鏡に映る自分の姿を見て、呆れてしまった。
上半身は真っ白でモコモコなセーターを着ているのに、下半身は剥き出しだ。挙句の果てに、丈が中にたっぷりと出したものが内股を伝い降りて来た。
「うっ……」
この感覚は苦手だ。もうとっくに忘れたはずの葬ったはずの何かが過るから……いけない、何か思い出しそうになった記憶を必死に押し込めた。
それより早くシャワーを浴びないと!
慌ててセーターを脱ぎ捨て、熱いお湯を頭から浴びた。朝からストーブの効いた温かい部屋で激しく動いたせいで、地肌も汗ばんでいたので気持ちいい。
ところが「早く開けろよー」という声と共に、流さんが部屋の中に入ってきた気配がして、一気に焦ってしまった。
「えっ、どうしよう!」
少し冷静になろう。ソファの上は大丈夫だったか。もうっ、丈の奴、あんな場所で性急に最後まで求めてきて、いや欲しくなったのは俺だったのか。あぁもう分からない。
それよりさっきから何か重大なことをことを、忘れているような。
そう言えば……あれは、どこに置いた?
あの涼がくれた茶せんのまがい問題のモノの行方はどこだ?
あっ!
あの時、丈が床に放り投げたんじゃ?
まずいな。とっ……とにかく拾って隠さないと!
腰にタオルを巻いて、そっとバスルームの扉からリビングを覗くと……流さんが、それをまさにしゃがんで拾い上げたところだった。
あれは……おっ俺ので……先端が濡れて……あぁぁぁ!
その後はもう、我を忘れて奪い取りに走った!
途中でひらりと腰のタオルがはだけ落ちたのも構わずに……ね。
しばらく脱力して座り込んでしまった。
真っ裸で股間を押さえ、バスローブを肩からかけられるというよく分からない姿を、正月の朝から流さんに晒すことになってしまった。
流さんは帰り際に、「くくくっ……洋くん、自分をもっと大切にしろよ~手抜きグッズを見られるの恥ずかしがって、綺麗な躰を安売りするなんてさ。はははっ」と豪快に笑いながら帰っていった。
これが本当は何だか知っているのに、素知らぬふりを? それとも……これを本物の電動茶せんだと思っているのか。
うぅぅ……どっちにしろ恥をかかされた!
「洋、悪かったな。兄さんは昔からあんな感じで、思い立ったら止まらない人だから。遠慮を知らないしな、さぁもう機嫌を治せ。甘酒を飲むか」
「……俺、涼の所に行ってくる」
「待て、ちゃんと乾かしてからだ」
確かに髪の毛からはまだ雫がポタポタと落ちていた。
丈に手をひかれ、もう一度シャワールームに連れて行かれ、大きなバスタオルで躰を拭いてもらった。それから「保湿も大事だぞ。洋は肌が薄いから」と、クリームを塗られた。なんだかまた、このまま食べられそうで、苦笑してしまう。
「丈は……マメだよな」
「そうか。恋人にはいつまでも美しくいてもらいたいからな」
「うーん、約束は出来ないぞ。俺だって……いつまでも若くない」
「大丈夫だ。翠兄さんのように、洋は美しく歳を重ねるだろう」
確かに翠さんの美しさは、実年齢とかけ離れているよな。いや、あの年齢だからこその色気なのか。とにかく俺にはないものを持っている。あんなことがあっても気高いままの翠さんの、それでいて流さんにだけは気を許す幸せそうな表情を思い出して……思わず笑みが零れた。
昨日も具合が悪くて辛そうだったのに、流さんを見ては頑張れているようだった。ふたりは本当にお似合いだ。
「翠さんは確かにすごいよ。でもそう上手くいくかな? 」
「ははっ、機嫌治ったな。よかった」
いいようにはぐらかされた気もするが、俺をどこまでも愛し、執着しすぎるほど愛してくれる丈には、つい身を任せてしまう。
****
「涼いる?」
「きっ来た!どどどどどどーしよ!」
客間をノックする声は洋だった。いよいよ涼の案じていたことが現実になったのか。
「あ……安志さんは僕の味方だよな?」
うーんもちろんそれはそうだが、洋の言い分も聞かないとな。とは言えず曖昧に微笑むと、涼は叱られた子供みたいに怯えた目をした。流石に可哀そうになって、その柔らかい髪を撫でてやった。
「よしよし。俺が守ってやるからな」
「う……約束だよ」
ギュッと俺のセーターの裾を掴む手が可愛いな。
「涼、いるんだろう?……ちょっと話しがある」
それにしても、いつになく低いトーンの洋の声。
俺も怖えぇー!
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