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『月のため息』(丈・洋編 7)
「涼、俺が何故ここに来たか分かるよな?」
「うっ……はい」
安志に隠れるようにシュンと縮こまっている涼の姿。それを見た時点で半分許したようなものだけど、俺は十歳も年上の従兄弟なのだから、ビシッと言うことは言わないと。
「ああいうものを涼みたいな若い子が持っているって、事情があったにせよ良くないよ。ましてそれを冗談のつもりだろうが、俺に渡すなんて……どういうつもりだった?」
「うっ……ごめんなさい。冗談が過ぎて……」
「もう二度としないか」
「しない!絶対にしないから、洋兄さん許して!」
叱られ慣れてないのか、涼は涙目になっていた。
こういう表情をするなんて意外だ。いつもは歳よりもしっかりして見える涼なのに、やっぱりまだまだ十代の子なんだなと改めて気が付かされた。
「洋~おいおい、そんなに怒ったら、綺麗な顔が台無しだぞ。涼も謝っているし、もう許してやってくれよ。なっ」
ふーん……援護射撃か。やれやれ本当に安志はメロメロだな。でも少し甘すぎないか。ついじどっとした目で睨んでしまう。ついでに……幼馴染の安志はいつだって俺の味方だったのにと変な気持ちにもなってしまった。
「……でも……俺だって恥をかいた」
すると、涼が身を乗り出した。
「え!じゃあ洋兄さん使ってみたの?どうだった!?」
「おっおい?」
「ははっ洋もとうとう大人の階段上ったのか」
「安志まで!」
この二人は全く。でもあんなオモチャについて新年早々こんな談義をするなんて、なんか可笑しくなって、結局俺もうっかり笑ってしまった。
「くっくく……」
「おっ笑ったな。洋はやっぱりそっちの方がいいぞ」
安志が満足気に俺を見つめてくれた。昔からいつもお前はこうやって太陽みたいにニコニコと笑いかけてくれたよな。どうやら温かい笑顔を受けて、俺の機嫌も直ったみたいだ。
「全く……もういいよ。涼、こっちにおいで」
「洋兄さんっ本当にごめんなさい。僕……怖かった」
涼がふわっと俺に抱き着いてくる。
「おっおい!」
こういう所は相変わらず帰国子女だよな。久しぶりに可愛い従兄弟に必死に縋られて悪い気はしなくて、俺の方もまた笑みが零れてしまう。
「しょうがない奴だ」
「あぁよかった。いつもの洋兄さんだ」
「とにかく俺だって怒るときは怒るんだぞ」
「うん、もうしない!」
安志がポカンとした表情を浮かべている。
「なんだよ?安志、その顔は」
「いや……洋は喜怒哀楽がはっきりしてきたよな。怒ってる顔なんて久しぶりに見たし、今の兄貴っぽい笑顔もかっこよかったぞ」
「そうか」
でも確かにそうかもしれない。
喜怒哀楽が自然にでるようになってきたのは自分でも感じていた。この月影寺にやってきて、よく笑うようになったし怒るようにも。もう前みたいに偏った感情だけじゃない。それが嬉しいよ。
「さてと、俺は翠さんたちの手伝いに行くが、お前たちはどうする?あんまり人目に触れるわけにはいかないしな」
「んー実はさ、俺はこれからちょっと実家に顔を出さないといけなくて。流石に正月だしな」
「そうか、涼はどうする?」
「涼は面が割れている有名人だし、ちょっとまずいからここに置いていくよ。今日は親戚の人も多いからさ。涼ごめんな」
「……」
涼は少し寂しそうな表情を浮かべていた。そりゃそうだろう。本当は一緒にいたいよな。一緒に安志の家にも行ってみたいだろうし……でも今はまだそれは難しいのだろう。
安志の気持ちも涼の気持ちも両方分かる分、ちょっと切なくなってしまった。
でもこういうことはデリケートな問題だ。安志の家はお母さんは理解があるが、お父さんは生真面目な方だ。俺が事実上の同性婚をしたこともお父さんの方はまだ知らないそうだ。
涼の方もまだ学生の身分だ。NYの涼の両親から、学業優先で大学は卒業して欲しいのでしっかりと見守って欲しいと俺も頼まれているし……焦ってもしょうがないことだ。
「涼は……それならば俺の手伝いをしてくれるか」
「え?でも……」
「大丈夫、裏方なら顔も見えないし」
「悪いな涼。実家で新年の挨拶をしたら、すぐに戻ってくるからな」
「うん大丈夫だよ。洋兄さんの手伝いをしているからゆっくりして来て……なんなら泊って来てもいいよ」
「んなこと言うなよー寂しくなる。俺は涼と一分一秒でも長く一緒にいたいのに……」
「安志さん……」
****
初詣の人で、月影寺の境内はいつになく賑わっていた。
俺は流さんの言いつけで和服で茶室の手伝いをすることになっていたので、涼には茶室の裏方を頼んだ。
「おぉ!洋くん来たな。よしっ和服似合っているぞ。さぁ茶筅の使い方教えてやろう」
「わーもぅ~言わないでくださいよ。さっきのアレは忘れてください!」
「はははっ、あんなものを月影寺に持ち込んだ罰だ!」
「本当にすいません」
「……でもな、あれは翠には絶対見せんなよ」
流さんは楽しそうに話してはいたが……少しだけ瞳の奥に切なさを浮かべていた。
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