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始動 2

  「流……どこだ?」  目覚めてすぐ、その名を呼んだ。だが……返事はない。  そうだった……流は僕の代わりに本堂で初詣の参拝者の応対をしている。  僕は大晦日から熱を出してしまい、元旦の今日も熱は下がったものの本調子ではなかった。  流はしきりに自分のせいだと謝っていたが、そうじゃない。僕も同罪だ。あんな寒空の中、雨漏りするようになった茶室で裸で抱き合ったのは僕も望んだことだった。粉雪が降りて来る中で流にどこまでも求め続けられ、僕もそれに応え、どこまでも乱れた。極楽浄土を見た心地だった。  結果、僕だけ風邪をひいてしまったのは……まぁしょうがない。  僕と流とじゃ体力が違うのだ。普段から裏山を縦横無尽に闊歩し鍛錬している流の心臓はタフで、三十歳を過ぎても二十代のような若々しい身体のままだ。   午前中はなんとか住職としての勤めをやり遂げたが、やはり午後になるとふらついてしまい、流が見かねて僕を部屋に強引に戻し布団に寝かした。  流が僕の代わりに重い袈裟を着て働いてくれている。なんと頼もしいことか。僕には頼れる人がいる。それが本当に嬉しい。  ただ……この暗闇は駄目だ。嫌だ。  僕は昔から暗いところが苦手だ。幼い頃から何か陰湿なものが隠れていそうな闇が苦手で、ひとりで震えていた。長男だから跡継ぎだからという言葉に縛られ、怖いとか嫌だとかそういう素直な感情をひた隠しにしたツケは、結婚生活の五年目になると完全に僕を壊そうとしていた。  あのタイミングで月影寺に戻って来なかったら、僕の人格はどうなっていたか。今の僕というものは……確実に存在しないだろう。  全部流に救われた。なのに……  あぁ駄目だ。思い出すな。  僕には、まだ流に話せていないことがある。  あの日……克哉にされたことのすべてを。  眼を閉じて心を無にした。  すると階下でコトコトと物音がするのに気が付いた。こんな時間に誰だろう?    不審に思い、寝間着替わりの作務衣のまま階段を下りてみた。  すると台所に洋くんの姿が見えたのでほっとした。何をしているのだろうと覗いてみると、ひとりで着物姿のまま、お節の準備をしているようだった。その恰好ではやりにくいだろうと微笑ましく思った。    何故だろう。洋くんがいてくれるだけで僕は救われる。    僕の心の痛み……体験者にしか分からない屈辱的な痛みを彼は知っている。それを分かり合える存在だからなのか。  だから洋くんの前では、僕は取り繕わない。素のままでいられるのだ。流とはまた別の安心できる存在だ。そんな洋くんと少し話をしたくなった。 「洋くん悪かったね。流を借りちゃって」 「それより翠さん風邪の方は、大丈夫なんですか」 「うん、流や丈のお陰でだいぶ休めたよ。洋くんにも心配かけたね。だが情けないよ、住職の跡目を継いだばかりでこの始末だ」  洋くんに、つい弱音も吐いてしまった。  こんなこと……なかなか他人に話せないのに。 「そんなことないです。翠さんはいつも本当にひたむきです。俺の方がお世話になっているのに家事も満足に出来なくて恥ずかしい位で」 「いや洋くんは、この寺に必要不可欠な存在だよ」  謙虚で控えめで……生きることにひたむきな洋くんらしい考えに好感が持てる。 「そうでしょうか」 「僕たちは皆、洋くんが可愛くて仕方がないよ。嘘のない素直な性格、笑顔も沢山浮かべてくれるようになったし」 「そんな、翠さんは褒め上手です」 「素直な気持ちだよ。今年は昨年よりもっと洋くんが自分自身を愛せるようになるといいと思っている」 「俺も……もっと翠さんや流さん……丈のために役立つ人になりたいです」 「うん、そのためには洋くん自身が人からの愛をもっともっと素直に受け取れるといいね。何かをしてもらう人という存在だって大切なのだから。だから愛を受けることを戸惑わなくていい。僕たちは洋くんの世話を焼きたいと思っているのだから、素直に受け取ればいいよ」 「すごいな……翠さんはやっぱり達観している。そんな風に捉えることが出来たら、俺も楽になります」    その言葉は僕自身に投げかけた言葉でもあった。僕も流からの愛を……溢れんばかりの愛をこの身に受け止めることを、もう戸惑っていない。 「そう捉えてみるといい。さて、どうしようか。これ時間内に終わる?」 「うっ翠さんも少し手伝ってくれませんか」 「悪い……僕も洋くんと同じで家事全般が駄目なんだ」 「えぇ」  ところが、そんな和やかな会話が一変してしまった。  机に置いた洋くんのスマホのバイブ音に、僕の心臓がひやりとしたのだ。  駄目だ。    この音は……あぁ……  確実に記憶の彼方から、断片的に切り取られたシーンがフラッシュバックしてくる。  来るな!  嫌だ!  見たくない!  何度も何度もこすり付けられた嫌悪感の募る相手の肉体の熱。  入り口を嬲られた後に突っ込まれたもの。  僕の入り口を濡らすもの。 「うっ……」  急激な吐き気がぐっと込み上げてきてしまった。      

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