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解き放て 8

「Kai……俺、変じゃなかった? 」 「えっ、何がだ?」 「その……女性と話していて普通に見えたか」  洋は少し照れくさそうに、窓の外へと顔を背けた。 「どういう意味? それ」 「いや……俺さ、去年帰国してから大半の時間を月影寺の中で過ごしていて、会話をする人がほぼ決まっていて、以前どんな風に女性と話していたか、思い出せなくて心配だったんだ。だから」 「プっ」 「あっ、おい笑うなよ。これでも緊張してたんだ。Kaiのホテルの手伝いって、その……お客様の大半が女性だろ? スムーズに話せないと仕事にならないと思って、丈にも胸を張って頑張って来たと言いたいから努力したくて」」  なんだ……そういう訳か。ホント可愛い奴だな。それで頑張って飛行機で隣の席の女性と話して、親身になっていた訳か。    洋が急に女性に目覚めたのかと思って、実はちょっと心配してたが、全くの杞憂だな。相変わらず頭の中は、丈さんで一色だ。 「健気で可愛いな~。きっと丈さんに褒めてもらえるぞ!」 「なっ……揶揄うなよ。真剣だったのに」 「ごめんごめん。お前はさ……ちゃんと男だよ。すごく男らしく見えた」 「そうか。ならよかった。俺、引き受けたからには、仕事を頑張るよ。前向きになろうって思っている」  洋は頑張っているのだな。  重たい過去を背負い、この世でも辛い目にも遭ったのに、それでも周りに支えられて立ち上がり、愛する人と前に前に進もうと頑張っている姿を、またこの目で確認できて嬉しくなるよ。 ****  空港から三十分たらずで到着したのはソウル市内、Kaiの実家の邸宅だ。広大な敷地に歴史的建造物が建っていて趣がある。  ここをホテルにするというのは、ナイスアイデアだ。きっと日本人の歴史ドラマ好きの女性に大いに喜ばれるだろう。ソウルでストレスなく韓国気分を満喫できるホテルか。客室を十室程度に抑えたプチホテルで、優也さんもKaiもここに住み込んで、ふたりで経営していくと聞いている。  痒いところに手が届く、優しいサービスを提供できるホテルコンセプトが素敵だ。  それにしても……ここに来るのは久しぶりだ。逃げるようにやってきたソウルで始まった過去の謎解き。その解明に大きく役立ったのがKaiの存在だった。そしてこの家に伝わってきた過去からの手紙だったのを懐かしく思い出していた。  過去との邂逅。  俺と丈に架せられた使命は、もう全うしている。  今は俺は俺のために生きている。  だから……ここにまたやって来たんだ。 「さぁ、洋入って」 「洋くん。いらっしゃい!」 「優也さん、久しぶりです」  出迎えてくれた優也さんは、通訳の同僚時代よりもずっと垢ぬけて明るくなっていた。でも優し気な雰囲気はそのままだ。もう……あの軽井沢で泣いていた人ではない。Kaiの恋人らしく、ふたりで並んで共同でホテルをOPENさせようとしている力強さを身に付けていた。  二人が並んだ時の雰囲気が、いいなと思った。俺もいつか丈とこんな風に並んで、何かを一緒に成し遂げてみたいと思った。 「洋くん、無理言って悪かったね。助かるよ。君は強力な助っ人だよ」 「いえ、こちらこそ! 役立てばいいのですが……それにしても、優也さんのエプロン姿なんて初めて見ますね」  白いシャツに黒いエプロン姿の優也さんは、漆黒の髪が濡れたように艶めいて、穏やかな幸せな空気を醸し出していた。 「あぁこれ? 僕は簡単な食事も担当しているから修行中でね。調理師免許を一応持っているけれども、まさかこんな風に役に立つとはね」 「わぁ、それはすごいです。俺は……料理は本当に駄目だから、羨ましいです」 「そうなの? ここに居る間に、いろいろ教えてあげるよ」 「えっと」  俺達の様子を見ていたKaiが、苦笑した。 「洋は顔に似合わず不器用なんだ。怪我だけはするなよ。丈さんからあれこれ注意事項の伝達が届いているぞ」  Kaiが分厚いメモ帳をひらひらさせるので、ギョッとしてしまった。 「何だよ。それ! はぁ、もう丈は過保護だな」 「心配なんだよ。洋くんのことが」 「あっ……はい」  優也さんに優しく言われたので、素直に認めるしかなかった。何故なら俺は散々自分勝手に動いて危険な目にもあって……丈に心配ばかりかけたから、前科ありだ。  丈が心配するもの無理ない。だからあんな沢山の防犯グッズも呆れたが、ちゃんと言うこと聞いて持ってきただろう! と声を大にして言いたいが、恥ずかしいので言わない。 「それで俺はここで何をしたらいいのか。Openまであと2週間だったよな? 」 「あぁまずは急いで改装工事を終わらせて。その後モニターさんで接客の練習をして、それからOPENだ。洋にはその前後の助っ人をして欲しい」 「うん了解。俺も頑張るよ。役に立てるように努力するよ。それからあの飛行機で会ったMIKAさんのことも……悪かったな。どうにも他人事に思えなくて」 「気にすんな。洋と境遇が似ていたんだろ? 」 「うん……そうなんだ。なんか胸に引っかかって。でも、この件はちゃんと丈に、俺の口から報告するから」 「あぁそれがいいと思う」  そうだ、1か月離れている間にすること、したいことがある。  見えない分、傍にいられない分、些細な変化はお互いに話そうと誓った。  もう何も……すれ違いたくないから。  その時その時で素直に、ありのままを話していくつもりだ。

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