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解き放て 9

「丈、聞いている? ねぇ……上のバーに行かない? 付き合ってよ」 「……あぁ、そうだな」  暁香の誘いに乗るか躊躇したが、一杯の酒だけは付き合おうと決心した。わざわざ部長のことを知らせてくれた恩義もあったし、五年前、何も言わずに消えた詫びもしたかった。  バーのカウンターで、暁香と並んで飲んでいると五年前の日常が蘇ってきた。  これは洋と出逢う前の自分だ。こんな風に気ままに女と酒を飲み、そのまま部屋で抱いてという、ずいぶんと自堕落な生き方をしていたものだ。  暁香はもう三十歳を超えたはずなのに、何も変わっていなかった。ロングヘアもスタイルのいい長い脚と細い腰もそのままだ。今日は部長の社葬、お別れの会だったので、ブラックスーツを着て禁欲的なはずなのに、大人の色香を醸し出していた。 「何を飲む? 」 「いつものにして」 「……キス・イン・ザ・ダークか」 「覚えていたのね、あなたはバーボンロック? 」 「そうだ」  暁香の好きな酒は、チェリーリキュールにジンとベルモットを合わせたやや辛口のカクテルだった。官能的な名前通りの大人なカクテルで、隣に座っているとチェリーの甘い香りが誘うように漂ってきたものだ。華奢なカクテルグラスに注がれる赤いカクテルは、暁香のセクシーな雰囲気によく似合っていた。  グラスを持つ暁香の視線は、私の薬指でピタリと停まった。 「あら……丈……あなた結婚したのね」 「あぁ、そうだ」 「なんだ、そっか……そうなのね。じゃあ私も、そろそろしようかな」 「……暁香、すまなかったな。突然消えたりして。お前さ、いい女だったよ。勿論、今もな」 「やだ。そんなこと丈が言うなんて、らしくない。あなた変わったのね。なんか丸くなってしまって、つまらないわ」 「ははっ、そうか」 「ええ、そうよ。私……これを飲んだら帰るわ。だってあなたが誰と結婚して、今どこに住んでいるとか、どこで働いているとか全く興味ないから」  強気なところも変わってない。  さっぱりとした性格なのに色気もあっていい女だった。だから……かつて取っ替え引っ換え女と寝ていた私が唯一長く続いた人だった。恋人同士だったとはいい難かったが、確かに縁を感じていた。  だが……もう全部、遠い昔のことだ。  今の私は成熟したセクシーな暁香の傍にいても、面白い程何の反応もしなかった。もう本当に洋だけにしか靡かない躰になったのだと実感した。 「じゃあ……丈……これで、さよならね」 「ありがとう、暁香」  一杯の酒で別れた。  後腐れなく終わったのだ。  これでよかった。  分かってもらえたのだ。  もう五年も前に途切れた縁ではあったが、きちんと終わらせることが出来て良かったと思った。  私はそのまま電車に乗り真っすぐに洋のいない離れに戻った。そしてシャワーを浴びて暁香との思い出を洗い流してから、洋に電話した。 「もしも、洋か」 「丈、今帰ったきたのか。部長さんのお別れの会はどうだった?」  洋とは今日私が何処に行くかを事前にメールで伝えておいた。もちろんその情報を得た経緯も、暁香からの手紙のことも。 「あぁ無事にお別れできたよ。お礼も言えた」 「そっか……それで……その……暁香さんとも会えたのか」  やはり……洋なりに気にしていたのだろう。 「あぁ一杯だけ酒を交わしたが、それで別れた。五年前のうやむやな関係を解消してきた」 「……そうか。丈、話してくれてありがとう。思えば、あの夜だったよな。俺……雨に濡れて……嫉妬して、それで初めて気が付いたんだ。丈への気持ちが何なのか。だから暁香さんには感謝している部分もあって……でも……」 「妬いてくれたか」 「うん……少し。今度は俺と酒を飲みに行こう。バーに連れて行ってくれ」 「分かった。洋に似合うカクテルを探しておくよ」 「俺の方も、先日話した通り、MIKAさんの母親の実家探しをしているよ。まだ難航しているけど」 「あぁ、それも少し妬ける」 「彼女には何も感じないよ。ホテルのモニターをしてもらっているし、そうだな、お客様の女性って感じかな」 「そうか。ちゃんと洋の口からそう聞くと、ほっとするな」 「なぁ丈……俺達こうやってたまには離れてみるのもいいな。お互い気遣い歩み寄って、いい感じだ」 「そうか? 私は今すぐにでも洋を抱きたくてムズムズするが」 「えっ駄目だよ! ここの壁は薄いんだから。変なこと言うなよ。それ以上は駄目だ! し、しないからな!」  電話の向こうで洋があたふたと真っ赤になっているのを想像して、苦笑してしまった。 「洋……まだ何も言ってないのに、いやらしい奴だな、一体何を想像した? 」 「えっ! 」  

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