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解き放て 11

「Kaiくん、ほら、髪もちゃんと乾かさないと駄目だよ。君が倒れるとスケジュールも狂ってしまうから、自己管理も大事だ」 「はいはい、分かったよ」  いつの間にか丈との電話は切れていた。そして俺の目の前で繰り広げられる二人の会話のテンポに圧倒されてしまった。 「んっ、なんだ? そんなジドっとした目つきをして?」 「あっいや……なんか優也さんもKaiも、随分印象が変わったようで、驚いた」 「ははっ、そうか。最近はいつもこんなモンだぜ。でもベッドでは違うけどなぁ」 「かっ、Kaiくん!!」  優也さんが途端に頬を赤く染めた。  そんな様子になるほどと妙に納得すると同時に、俺ってとんでもないお邪魔虫ではと焦ってしまった。 「あの……俺って邪魔だよな。どこか違う部屋に行こうか」 「ばーか、そんな気を遣うなよ! 洋は優也さんと、このベッドを使えよ」  Kaiは上着のボタンを留めながら、片手で座っているマットレスをポンポンっと叩いた。 「えっ! でもそれは悪いよ。Kaiはどこで眠るんだ?」 「俺はさ、優也さんの隣で眠ると節操なしになりそうで危険だ。特にさっきみたいに兄貴面されると俄然床では燃えるタイプ。だから今日は一緒に寝ない方がいいのさ」 「か、Kaiくんはもう……」 「くくっ」 「なんだよ、洋、笑うなよ」 「いや……二人はあれから本当にいい関係を築けたんだな。なんか感無量だよ」  本当にそう思った。優也さんの年上らしいきちんとした所もいいし、Kaiがそれをあっという間に覆しそうなところもいい。バランスがすごくいいと思った。  あの日俺が軽井沢で見つめた光景が、遠い昔のように感じるよ。あの日の優也さんは、深い海の底からKaiに引き上げられ優しく抱かれていたのに、今は同じ場所で肩を並べて笑ったり、焦ったり、怒ったり……喜怒哀楽で溢れているじゃないか。  ふたりの想いは同じ方向を向いていて、その重さも同じだ。 「俺、ここに来て良かった。二人の幸せそうな様子を間近で見られて、嬉しいよ」 「そうか……なぁ洋、今日はせっかくだから優也さんとゆっくり話せよ。たまにはその、いいんじゃないか。同じ立場同士でいろいろと積もる話もあるんじゃないか。コホンっ……」  わざとらしい咳払い。Kaiが一体何を言いたいのか、すぐには理解出来なかった。 「もうっKaiくん! それ以上話さないでくれ。変な方向になる。さぁ洋くんもお風呂をどうぞ。今日はもう眠ろう」  うーん、優也さんと俺が同じ立場って……  あっ? うわっ! そういうの改めて言われると照れ臭いぞ。  それって……抱かれているもの同士ってことか。 ****  俺が風呂からあがると、Kaiは床にラグマットを敷いて横になっていた。床は硬いけれどもオンドルの暖房がよく効いて、ぽかぽかと眠気を誘うようだ。 「優也さん上がりました。もしかしてKaiは寝ちゃいましたか」 「洋くんお帰り。そうなんだ。さっきまで僕と喋っていたのにね」  優也さんがKaiに甲斐甲斐しく毛布を掛けてあげると、Kaiは幸せそうに微笑みながら寝返りを打った。すっかり熟睡モードらしく規則正しい寝息が聞こえて来る。そんな様子を優也さんが愛おしそうに見つめていた。 「Kaiくんはね、本当に頑張ってくれているよ。客室の改装に伴う日曜大工は、ほとんど引き受けてくれるし、モニターの女性もあっという間に集めてくれたし……MIKAさんのことでも頑張っているし」 「あっその件ではすいません。Kaiまで巻き込んでしまって」 「それね……実は……少し妬いた」 「わっ! すいません。俺のせいで」  確かにそうだよな。昨日一昨日とKaiとMIKAさんが二人きりで出かけることも多かったから、優也さんに不快な思いさせてしまった。俺のバカ。よく考えればすぐに気がつくことなのにと反省した。 「あぁ違うよ。Kaiくんのことなら大丈夫。だって彼はコンシェルジュサービスのプロだよ。前のホテルでも沢山の女性に慕われていたから、もう見慣れた光景だよ。だから、そこは大丈夫なんだけど……」  そっか……確かにソウル時代、同じ職場にいた時、Kaiは女性にモテモテだった。韓国人ならではの体格の良さ、誠実で朗らかな性格に、精悍なマスク……本当に韓国俳優のような爽やかな風貌だしな。女性客なら誰でもKaiにコンシェルジュを頼みたくなるだろう。 「じゃあ何にですか」 「洋くんにだよ」 「えっ、俺ですか」  驚いた。俺に妬くって何だろう? 見当がつかない。 「……正確には洋くんの前向きな姿勢にかな。洋くんは、あれから北鎌倉に籠り切りだったから、多分女性と話すことなんて、ほとんどなかったよね。なのに飛行機で隣の女性から相談事を受けるなんて、頼りになる男性だと思われた証拠だし」 「えっ……そういうものですか」 「そういうものだよ。そうだ……洋くんには話したかな。僕はすごく大人しい子供だったから、ずっと親友らしい親友もいなかったし、もちろん奥手で女性と付き合ったことなんてなくて。だから恥ずかしい話だけれども、姉以外の女性に免疫がなくてね」  話ながら優也さんは真っ赤になっていた。俺もつられて赤くなってしまった。 「俺だって……最近話したのは、丈のお母さんと安志のお母さんと翠さんの前の奥さんとか……そんな感じですよ」 「でも洋くんは以前女の子と付き合ったことがあるって聞いたよ」 「ええっと……付き合うというか」  うわわ。なんでこんな会話に? 話したことあったか。  恥ずかしすぎる。これはKaiの目論なのか。 「その……女性とキスとかもしたことあるよね?」 「えっとその……いや……キスしか、したことないです!」  確かに……N.Y.時代、大学で同じ日本人留学生の女の子に告白されて、ほんの数か月付き合ったことがあった。いや……付き合うというか何回か食事して、出かけたりした程度で……結局、キスを最後に別れたという結末だった。なんかテンパってきてしまった。 「やっぱり、僕より先輩だな」 「せっ先輩って、何をもって……」 「……それで、キス以上のこともしたの? 」 「しっ、してないです! 」 「なんだ、そうなのか」  何故かほっとする優也さんに、脱力してしまった。  あー早々に認めてしまった。  俺は童貞だってこと、丈しか知らなかったのに。  ちょっと待ってくれ……こんな会話……恥ずかし過ぎる!

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