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解き放て 12

 優也さんと、こんな話題になるとは思わなかったので焦った。でも同時に少し新鮮な気分にもなっていた。  俺と同じように男同士で付き合い抱かれる立場の人なら、翠さんが近くにいるが、流石に寺の住職とこんな話は出来ないし、それに翠さんは結婚経験もあり父親でもあるから……少し立場が違う。 「洋くん、取り合えず少しワインでも飲む?」 「あっ、はい」 「これは寝酒におすすめだよ。韓国のワインで『マジュアン』という名前。まろやかで美味しいよ」 「へぇ綺麗な色ですね。『マジュアン』ってどういう意味ですか」 「『向かい合って座って楽しむ』という意味だよ。まさにこの状況だね」  優也さんと俺はオンドルのポカポカに温まった床に座り、ふたりでグラスを傾けた。 「洋くんとこんな風に二人きりで飲むのは初めてだね」 「ええ、少し恥ずかしいですね」 「それは……さっきの話の続きってこと?」  コクっと頷くと、優也さんも少しはにかんだ笑顔を浮かべた。だからお互い暫く無言でワインを飲んだ。明日に響かない程度にと思うのに、飲みやすくてつい何杯も飲んでしまった。もしかしたら酒の力を借りて、お互い腹を割って話したいと思ったのかもしれない。  何杯か飲むと、ほろ酔い気分になった。心地よいBGMもずっと流れてる。韓国語のバラードソングだ。  このワインは本当に飲みやすくて困ったな。酔っぱらってしまう。話したくなる。いつもなら蓋をしているようなことも……すると優也さんの方から唐突に投げかけられた。 「洋くんは……抱きたいと思ったことはある?」 「え……」 「その、僕たちは抱かれる側だけど……逆の立場ってこと」 「えぇ? 俺は丈を抱けませんよ」  思いっきり頭を左右にブンブンと振ってしまった。想像してみようとしたが全く映像が浮かばない!   丈が俺を抱く。それは俺の脳内にしっかり固定されていることだと強く思った。 「想像できない?」 「えぇ、絶対に無理そうです」 「じゃあ、女性なら抱けそう?」 「いや……その……少し聞いてもらえますか」 「うん、いいよ。何でも話してみて」  俺は記憶をゆっくりと遡った。  優也さんに聞いてもらいたかったのか、それとも自分の心を整理したかったからなのか、分からないけれども……話したくなっていた。  女性なら抱けそうと聞かれても……その女性が具体的にイメージ出来ない。一体誰を思い浮かべたらいいのか分からない。唯一おぼろげに思い出したのは、大学時代の彼女。 ……  俺は高校に入学してすぐ電車で痴漢に遭いだし、性に対する恐怖が芽生えてしまい、本当に女性とは縁遠かった。  高校時代に告白されたことは何度かあったが、日本では付き合う気分になんて、とてもなれなかった。安志とつるんでいる方がよほど楽しくてリラックス出来た。  N.Y.の大学で不慣れな留学生の女性に親身になってあげていたら、突然告白されたんだ。その子はとても控えめだったから、この子とならば、ちゃんと付き合えるかもと思い努力した。デートらしいこともしたり、ちゃんとクラスメイトからもカップルだと認定されてもらった。  なのに俺は彼女に手を出せなかった。キスもしなかった。高校時代に上級生にロッカーでレイプされそうになったことが尾を引いていた。どうしてもその気になれなかった。自分で生理的に処理することはあっても、それを誰かに使うという行為が、あの日の上級生の下半身を思い出してしまうので、無理だった。  怖かった。自分の躰を他人に晒すのが恐怖だった。  俺を見下したあの視線を、俺の躰が覚えていた。 (洋くんは、何でちっとも求めてくれないの? 私ってそんなに魅力ない? 同級生でキスもしてないのは私達カップル位よ。今すぐここでキスして。そうしないともう別れる!)  そんな風に彼女を追いつめ悲しませてしまったことが申し訳なく、決死の想いでキスをした途端、頬を叩かれて振られた。 (……そういうことね! こんなに心のこもってないキスは初めてよ! さよなら! もうお別れよ)  俺ってどこか人と違うのかな。どこかおかしいのかな。だから男なのに痴漢にあったり襲われたりするのかな……ポツンと取り残されて思ったのは、それだけだった。  彼女には申し訳ないことをした。全部俺のせいだ。 ……  ホロリと涙が頬を伝う感覚に、はっと我に返った。  優也さんが申し訳なさそうな顔で、じっと俺を見つめていた。  「洋くん、ごめん。思い出したくない、言い難いことを話させてしまったね」  「あっ、いえ……大丈夫です。久しぶりに当時を振り返ることが出来て、びっくりしただけです」

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