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慈しみ深き愛 5
車はそのまま首都高で、東京方面へ向かった。
「洋、詳しい住所を言ってくれ」
「えっと……港区白金3の2の……」
これは居ても立っても居られず、ソウルから涼へ電話して、更にニューヨークで暮らす伯母に教えてもらった、母の実家の住所だった。
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「洋兄さん、久しぶりだね。あれ? これって国際電話?」
「うん、実は今ソウルにいるんだ」
「いいな~あっ、もしかしてKaiさんと優也さんの所に?」
「そう。もうすぐ彼らのホテルがOPENするから手伝いにね」
「へぇ洋兄さんは韓国語も出来るから、仕事のオファーも一杯あるんだね、カッコいいな!」
涼が心底、感心した声を出すので、擽ったい気持ちになった。
従兄弟の涼は、俺にとって数少ない大事な親族だ。母を亡くし義父と過ごした高校~大学という仄暗い時期、特に日本を離れて暮らしたニューヨークでの憩いは、涼と触れ合う時だけだったのを思い出す。
「あのさ、涼は日本に住んでいた頃を覚えている?」
「うーん3歳までだから、かなり朧げだよ」
「そうか……涼のおじい様やおばあ様は、今どうしているのかな」
「……どうしたの? 洋兄さんがそんなこと聞くなんて珍しいね。おじい様はもうとっくに亡くなっているよ。僕が中学校の時だったよ。あ……でも、おばあ様は、確かまだお屋敷の一角に住んでいるはずだよ」
「お屋敷? 本当に? その家はどこにある?」
「ごめん。詳しい住所までは覚えていないな。でも母に聞けばすぐに分かるよ」
「そうか! 電話してみるよ」
「ちょっと待って……洋兄さん、大丈夫? また……何かあったの?」
「大丈夫だよ。実はソウルできっかけをもらって、自分のルーツを急に知りたくなったんだ」
すぐに伯母に問い合わせてみた。
俺も既に『崔加』の姓を離れ、実家に影響がなくなったので、今なら立ち寄ってもいいのかもしれない。いい頃合いなのかもしれないと、伯母は快く応じてくれた。
両親も家も何もかも捨てて飛び出してしまった母のことを、祖母は簡単に許せないだろう。でも思い切って訪ねてみたい。
俺の母が生まれ育った場所を……環境を知りたくて。
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「洋、着いたぞ」
車窓から、様子を窺ってみた。
「あの家なのか」
「あぁ、そのようだ」
そこは蔦と薔薇の絡まる煉瓦造りの古めかしい洋館だった。
俺の母はここで育ったのか。俺にはもちろん何の記憶もないことなので実感は湧かないのに、胸がドキドキと高鳴った。俺の躰に流れる母の血が、もしかしたら喜んでくれているのかもしれない。
母さんだって……いくら駆け落ちし勘当されたからって、自分を産み育ててくれた人を忘れられるはずなかっただろう。
末期がんで入院し、ほぼ昏睡状態になった母の唇の微かな動きは「おかあさま」と言っていたような気がする。
「随分趣がある家だね、あっ……看板が……もしかしてレストランか何かを併設しているのかな」
「どうやらそのようだな。この辺は一軒家を改装してレストランや喫茶店にしている店が多いようだ。洋、せっかくだから何か食べていくか」
「え……いいのか」
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夕食の支度をしていると翠が起きて来た。
「翠、もう起きていいのか」
「流……」
翠はひとりで階段を降りて来て食卓に着いたが、まだ顔色が良くないようで気になった。それに……どこか甘えた、らしくない声だった。心配で調理の手を止めて、翠の顔を覗き込んでみた。
「どうした?」
「酷く嫌な夢を見た……あぁ、よかった。ちゃんと見える。流の顔も」
そう言いながら、翠は俺の頬にそっと手のひらを当てて来た。
「見えるって? なんでそんなことを……まさか!」
慌てて翠の顎に手をあて上を向かせた。夕陽を映す翠の瞳は、一点の曇りもなく済んでいるように見えた。
「眼に何かあったのか。まさか……また!」
「わっ、分からない。でもどうしよう……さっき一瞬、薙の後ろ姿が端から霞んで怖くなったんだ。あの時と似ていて……」
なんてことだ! もう二度とあんな日々は、ごめんだ!
なんで翠ばかり……こんな目に合うんだよ。
俺と翠はようやく結ばれて、これからだというのに!
「流に確認したいことがある……なぁ……聞いてもいいか」
翠は思い詰めた苦し気な表情を浮かべている。こんな顔をする時は決まっている……あいつに関わる時だ!
「どうした、何が心配なんだ?」
翠の両肩を掴んで、揺さぶってしまう。
負けるな! 翠……あいつにはもう二度と触れさせないから安心しろよ!
「今……克哉は……どこにいる?」
「馬鹿! その名を二度と口にするなって言ったはずだ!」
馬鹿なことを言う翠の口を慌てて、俺の唇で塞いでやった。
それから力の限り、翠を抱擁した。
あとがき・補足(不要な方はスルーでご対応ください)
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こんにちは。志生帆 海です。
いつも読んでくださりありがとうございます。
いよいよ洋の母の実家が明らかになります‼
もしかしたら、もうお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんね。
それから翠……心配ですね。
彼らの過去は『色は匂へど……(流・翠大人編)』で描いています。https://estar.jp/novels/25628445
これは翠と流の大人編。つまり『忍ぶれど…』https://estar.jp/novels/25570850 の続編になります。
翠が離婚して月影寺に戻ってきてからの、丈と洋がやってくるまでの月日を描いておりますので、どうぞよろしくお願いします♪
『君は俺の光……息遣いが届くほど近くにいるのに、決して触れてはいけない想い人』
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