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1100話記念◆慈しみ深き愛 9
クローゼットの奥から取り出すと、それはだいぶ傷んでいたが上質な革製のトランクだった。
「洋……開けてみるか」
「あぁ」
ところが、トランクには鍵がかかっていた。
「あれ? 鍵がかかっている。あ……でも待って。この鍵って、まさか」
以前、安志のお母さんから、母が預けていたという父との結婚指輪の箱をもらった。その箱の底に隠すようにしまわれていた鍵があった。何の鍵か分からなかったが母の残してくれた形見の一つとして、いつも俺のキーケースに入れていた。もしかしたら、この鞄の鍵かもしれないと直感した。
「丈、待って。この鍵で開くかも」
予感は的中した。ポケットからキーケースを取り出し鍵穴に差し込むと、クルッと見事に回転した。
ギィィ……
古びた音を立て、この世界の空気に触れる鞄は、まるでタイムスリップしてきた過去からの贈り物のようだった。
「何が入っている?」
「出してみよう」
一つ一つ丁寧に取り出して確認していく。
やっぱり母の持ち物だ……全部。
俺が見たことのないものばかりだが、懐かしい母の匂いを確かに感じた。
『You』と刺繍されたハンカチ。刺繍が好きだった母の作品……いや、これはもしかして母の母が作ったものなのかもしれない。
「へぇ……『You』か……英語ではユーだが、ローマ字で読み出はヨウだな」
丈の指摘にはっとした。
ユーなら、母の名の『夕《ゆう》』で、ヨウなら俺の名の『洋《よう》』だ。
これは……なんとも不思議な気持ちになってくる。
「洋の中に、いつもお母さんがいてくれるようだな」
「丈……それ、俺もそう思ったよ。嬉しい発見だな。今まで気付かなかったよ。俺の名に、母の名が掛かっているなんてさ」
「他には、何が」
「えっと……これは……クマのぬいぐるみだな。産着みたいなのを着ているよ」
そっと取り出すとドイツの有名なメーカーのベアだった。ベージュの毛並みがふさふさして透き通るようなガラスの茶色い目をしていた。産着はだいぶ黄ばんでいたから、かなり昔の物のようだ。もしかして、これは母が産まれた時の物なのか、手作りらしく細かく整った手縫いの目が美しかった。
それにしても、すごいことになってきた。こんな所でもしかしたら母の母の手作り品かもしれない物に、出逢えるなんて。
「洋、このクマの腹、妙に膨れていないか」
「本当だ、変だな」
ちらっと産着を捲ってみると、手紙がリボンで巻き付けられていた。
「あ……手紙だ!」
そっとリボンを解き、手紙の表書きを確認してみる。
『ママへ』
母の筆跡で、そう書かれていた。
母が後生大事にしまった手紙には、一体何が書かれているのか。気になるが、それは俺が読むものではない。
早く……この手紙を届けないと、祖母の元へ。
俺がソウルに呼ばれMIKAさんと出逢い母のルーツを辿りたくなった理由は、これだったのか。この手紙を母が祖母に届けて欲しくて、俺を突き動かしているのかもしれない。
「洋、見つかったな。この手紙を持って会いに行けばいい、何よりも洋が夕さんの息子である証だ」
「丈、ありがとう。君が今日ここに誘ってくれなかったら、俺は永遠にこの手紙に気が付けなかったと思うよ」
「そうか……喜んでもらえて嬉しいよ。さてと、まだ時間があるな。今度は私に付き合ってくれるか」
「んっ……何?」
丈が俺の手を引いて母の部屋を出て、無言で階段を上がって行く。
「どこに?」
丈が立ち止まったのは、俺がずっと使っていた部屋の前だった。前に丈と来た時は、記憶を封鎖していたので大丈夫だったが、今は怖い。
とにかく怖かった。
この部屋で、母が亡くなった後……義父と何があったのか。何をされたのか。
添い寝と称して、密着して抱かれるように眠った恐ろしい闇夜のことを。
真っ青になって震えだす俺を、丈が静かに後ろから抱きしめてくれた。まるで何もかも分かっているようだ。こうなることを知っていたかのように、丈は落ち着いていた。
「洋……大丈夫だ。さぁドアを開けてみろ」
「だが……丈……怖い」
とうとう弱音を吐いてしまった。もう丈は何もかも知っているのだ。俺の薄暗い過去を……ならばもう隠さない。
怖いものは怖いと言おう! 嫌なものは嫌と叫ぼう!
「イヤだ……この部屋には嫌な思い出があるのを、この前は忘れていたが一度思い出したら……もう止まらないんだ」
「それでも洋の手で開けないと、道は開かない」
俺を抱きしめたまま丈が俺の手を動かしたので、ドアが開いてしまった。
ぎゅっと思わず目を瞑ると、丈が囁いた。
「洋、大丈夫だ。怖い記憶なんて、今の私達で塗りつぶせばいい」
「えっ」
「勝手に悪かったな。どうだ? 気に入ったか」
まず飛び込んで来たのが、壁の色。
病室のような真っ白だった壁紙が淡い水色に染まっていた。それからベッドもリネンも、新しいものになっていた。全部俺が好きな海の色で揃えられ、爽やかな空間になっていた。
「太平洋の洋……そんなイメージで改装したよ」
「どうして……」
「私好みの部屋にした。ここで洋を抱くためにな」
耳元で低い声で甘く囁かれ、この一カ月我慢してきた熱が、俺の躰に生まれるのを感じた。
「丈、君って人は……」
本当に俺のために生まれてきてくれたような相手だ。
俺の丈……
あとがきです。(不要な方はスルーしてくださいね)
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こんばんは!志生帆 海です。
『重なる月』というお話は、Bloveというサイトでずっと連載してきました。今日のお話は、当時1100話達成した記念で書いたものです。(エブリスタでは特典などの兼ね合いでズレています)投稿サイトも一つで、ひとりでコツコツやっていたので、何か励みが欲しくて、カウントダウンしてました。今日のお話しは以前から書こうと思っていたエピソードを詰め込んでしまいました。そしてこのまま丈と洋、ふたりのRに持ち込みたいという願望です♡
こんなにも長くなってしまった話に、初期から今でもお付き合いくださる読者さま、ありがとうございます。最近まとめて読んでくださった方(いらっしゃるのかな?)も、ありがとうございます。
特に前半は処女作なのもあり……読みにくい文章だと思いますし、輪廻転生にタイムスリップ。無理矢理など……いろいろ絡んで、暗く切なく、一般ウケしない路線ですが、私の萌えだけはたっぷりつぎ込んでマイペースにコツコツ更新してきました。いつも元気づけてくださって、ありがとうございます。
丈と洋、流と翠、Kaiと優也、安志と涼、なかなか登場しませんが陸と空。お話しを進めるうちに生まれたCPも多いです。読者さまがいらして反応があるから、私の妄想も広がっていくのだと思っています。
1100話も物語を書き続けるのは、正直もう二度と無理だと思います。そんな極限を味わわせてもらっています。本当にいつもありがとうございます!
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