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花明かりのように 13
「そうだ、翠に話しておくことがあってな」
白玉を美味しそうにつるんと口に含んだ翠の動きが、ぴたりと止まった。
「何だ? そんなに 改まって」
「……実は拓人を引きとろうと思って」
「ん? 引き取るって、どういう意味? もう一緒に暮らしているのに」
「戸籍上で、きちんと養子縁組しようと思って」
「それ……! ほっ、本当なのか」
翠の反応が知りたくてそっと伺うと、すっと切れ長の眼を大きく見開いていた。
「本当だ。昨夜、本人の意志も確認済みだ」
「……そうか……お前もとうとう父親になるのか」
なぜだか感慨深い様子で翠が言うもんだから、照れ臭くなる。
「おいおい大袈裟だ。でもこんな俺でも……あいつの父親になれるかな?」
照れ臭くて、鼻の頭を擦りながら翠に笑いかけると、力強く頷いてくれた。
「当たり前だ! 達哉なら相応しいよ。本当に達哉は、いつもカッコいいよな。ここぞって所で選択する道が潔く真っすぐで……同じ男として惚れ惚れするよ」
翠の反応が素直に嬉しかった。心に暖かな日が差し込んでくるようだ。これって、俺が翠にかっこいい男として認めてもらえているってことでいいんだよな?
さっきまでのモヤモヤとした気持ちは、あっという間に凪いでいた。
「そういう訳だから、翠に教えてもらいたいことが山ほどある。なぁこれからも頼ってもいいか。その法律上のことや役所への手続きの仕方とか……あとさ俺は結婚してないから、子供の育て方が正直分からん。でも拓人はいい子だから、真っすぐに気兼ねせずに育って欲しいと思っている。だから俺も世の中の父親というものを知りたい」
「うん、そうだね。養子縁組なら洋くんの事で経験済みだから大丈夫だ。でも父親としては……僕も試行錯誤の段階だから役に立つかどうか分からないけど、協力するよ。それにしてもこれからは達哉とそういう話も出来るのが嬉しいよ。そうか……僕たちはまた、一緒に成長していけるんだな」
翠の最後の一言に心打たれた。
一緒に成長して行く?
俺と翠が……
それは……もう、とうの昔に手放した立場だったはずだ。
弟が翠にしでかした卑猥な事件が高校と大学で続き、俺は翠と並んで歩むことを、自らやめた。
なのに……そう言ってくれるのか。
拓人の父親になるのは……拓人にとっても俺にとっても、最上のことになりそうだ。
なるといい!
そうなれ!
強く願いたくなる、翠の反応だった。
翠……お前はやはりどこまでも優しい奴だ。
「達哉はね……僕にとって心から大切な友人なんだよ。これからも、ずっと一緒に成長していきたい」
『友』という言葉でもいい。
翠と同じ距離と歩幅で、この先の未来を歩いていけるのなら。
全て手に入らなくても、こういうカタチの幸せもあるのかもしれない。
まだまだ……翠への密かな想いのすべてを昇華するには修行が必要だが、確実に何かが変わった日だった。
****
「おはよう! 薙」
「あれ? お前、昨日泣いた?」
登校時、後ろから歩いてきた薙が俺に追いついて肩を並べた途端、すぐに指摘された。
図星だ、それ。
お前って案外……目聡いな。
「……まぁな」
そう返事すると、薙は怪訝そうな表情を浮かべた。
「何かあったのか。まさか昨日来た時に、嫌な思いさせちゃったのか」
「何言ってんだ。雛祭り、すげー楽しかったぞ!」
「そうか……ならいいけど」
もしかしたら、薙は俺に気を遣っているのかもしれない。父親がいないのも気にしているのかな。でもそんな心配いらないんだぜ。もう……
「薙、実は昨日いいことがあってさ、目が赤いのは、その……嬉し涙の跡ってわけ」
「嬉し涙? 何かいい事が?」
「うん……俺、達哉さんの養子になれるかも」
「え……養子ってあれか……洋さんみたいなのか」
「そう!」
その返事に薙も明るい表情になった。
「そうか。よかったな!」
「うん、嬉しいよ。達哉さんって……俺の中の理想の父さんなんだ。ちょっと亡くなった父さんに似てる気もするし……へへっ」
照れ臭くて指先で鼻の頭を擦ると、薙が笑った。
「その仕草、達哉さんがよくしているのと同じだな」
「そっ、そうか」
「あぁ、父さんと話す時によくしているよ。癖なのかな」
「はぁ……あーなるほど」
達哉さんって、人間味があっていいよな。
「拓人は達哉さんに似ているよ。血が繋がってなくても……もう親子みたいだと思っていた」
薙とも嬉しい会話が続く。
だからなのか、久しぶりに心の晴れる爽やかな朝だった。
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