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花明かりのように 16
達哉と一緒に甘味屋の外に出ると、流が国道沿いのガードレールにもたれていた。
「あれ……流……なんで?」
「翠、お迎えがいるみたいだから、またな。おっと、重箱はもらって行くぞ」
達哉が、僕の手から重箱を奪い取り、ニヤッと笑った。
「あっ……達哉……さっきの話、進めるなら早い方がいいと思う。きっと拓人くんも、そう願っていると思うよ」
「あぁ、早速、これから拓人の母方の実家に連絡してみるよ」
「上手く行くといいな」
「ありがとう、翠。そうそう流くん、昨日はちらし寿司ごちそう様。美味しかったぜ」
急に話を振られた流が、ぶっきらぼう返事をした。
「はぁ……いえ……どうも」
「相変わらずだな。君は。じゃあ翠、またな!」
達哉が角を曲がるまで、去っていく背中を見送った。
達哉とはあんなことがあったが……ずっと親友でいたい。
彼の潔い生き方は、傍に居て気持ちがいい。
今日改めてそう思った。
だから克哉の実の兄とか……そういうことは、関係ない。
僕は、達哉自身が好きなのだから。
親友として。
「……兄さん、楽しかったですか」
「あっ流……わざわざ迎えに来てくれたのか」
「心配したんだ。あの寺には行かない方がいい」
「……うん、それは分かっているが、いつまでも逃げ回るわけにも行かないだろう。同じ鎌倉の寺同士、どうしても行き来はあるのだから。それに洋くんだって頑張っているし、僕も身近な一歩から踏み出したくなった。なぁ……流も応援してくれないか」
「はぁ……ともかく、もう帰ろう」
「……ごめんな。流に心配かけたよな」
「分かっているのなら、それでいい」
流に心配を掛けてしまった。
もしかして、流は怒っているのか。
急に不安になってしまう。
****
時々……翠は自分勝手だと思う。
俺が今日どんなに心配したか知っているのか。
なぁ……お願いだから勝手に出かけるなよ。トラウマを克服しようと自ら頑張っているのは分かるが、どうにもこうにも……心配になる。だから、いつも俺が見える場所にいて欲しい。
こんなのはただの自己満足で、翠を雁字搦めにしてしまう行為だ。
俺の欲って奴は……まるで留まることを知らない。
前みたいに、忍ばなくていい。翠の色香は、夜になれば、二人きりになれば、思う存分嗅げるのに。
アホなのは、俺の方だ。
「流、待てって!」
頭の中でぐるぐると、悶悶と考えていたら、いつのまにか肩を並べて歩いていたはずの翠を追い抜かし、山門へ続く階段を足早に上っていた。
翠の声に、はっとして振り返ると、随分後ろにいた。
はぁはぁと肩で息をして、必死に追いかけてくる。
兄さん……ごめん。
俺、またカッとしちゃったな。
(翠を置いていくようなことは二度とするな! 今、同じ空気を吸え、時を刻めることが……どんなに尊いことか知っているだろう。お前なら……)
昔の俺から叱責された。
本当にそうだよな。全くもって、つまんない嫉妬だった。
さっき翠からの返信を見て、居ても立っても居られず、結局甘味屋の前まで走ってしまった。
窓越しに、達哉さんと向かい合わせに座る翠を見つけ、すぐに中に入ろうとも思ったが、翠の表情がとても生き生きしていたので、やめた。
邪魔しちゃ……悪いよな。
兄さんの大事な聖域なんだ。
兄さんにだって、親友と気兼ねなく過ごす時間が必要だ。
必死に必死にそう言い聞かせ、心を落ち着かせようとガードレールにもたれ、二人が出てくるのを待った。
「流、ごめんよ」
やっと追いついた翠が、額の汗を拭って、俺のことを心配そうに見上げた。
あぁ、こんな顔させては駄目だ。
「流の足は速すぎるよ。悔しいが……歩幅が違うんだから」
「……兄さん、寄り道をしてもいいよな」
「……うん」
健気な翠の様子に、俺の機嫌は戻りつつある。それを察知したようで、翠もすぐに頷いてくれた。
中庭を突っ切り母屋を横目に、茶室へ誘う。もう崩れ落ちそうな廃屋だが、ここだけは、俺と翠の場所だ。
「流、いい話があるんだ」
「それは後で聞くよ。まずはここだ」
俺は翠の顎を掴み上を向かせ、口づけした。そのまま舌をずらして、ぺろりと唇の端を舐めると、案の定、甘い味がした。
「あんこがついてるぞ。全く……子供みたいに」
「えぇ! そうだったのか……ふぅ……情けないな」
恥ずかしそうに項垂れる翠の顎をもう一度掴んで、深い口づけをする。
「何を食べた? あんこと……白状しろ」
「あっ、白玉……」
「なるほどちゃんと言えたな。ついでにもう一つ白状しろ」
「え……何を?」
「今朝のことだ。何で袈裟を着ないで洋服にしたのか。そもそも……何故、洗濯物の翠のパンツだけ、全体が湿っていたのか聞きたい」
「あっ……それは……」
包み隠さず……翠が恥ずかしがることをズバッと聞くと、翠は真っ赤になり、困り果てていた。
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