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花明かりのように 15

 兄さん……翠……どこだ?  てっきり本堂で読経中だと思ったのに、翠の姿はどこにも見えなかった。  おかしいな。午前中に法要などの用事がない時は、いつもここにいるのに。  首を傾げながら居間に戻ると、置いてあったはずの雛菓子が入っていた重箱がなくなっていた。そして、そこには翠からの置手紙があった。 ── 流へ。寺の掃除が忙しそうなので、僕がお重を返してくるよ。返すだけだから余計な心配しないように ──  おいおい……心配するなって、それは無理だ。  翠があの寺へ自ら行くなんて滅多にないのに。いつも無理するなと言っているのに。ただでさえ、あの事件以降……翠は少し情緒不安定なんだから。  慌ててスマホをポケットから取り出しメッセージを送る。あの事件以来、翠とはチャット形式ですぐに連絡を取れるようにしてある。 「今どこだ? まさか建海寺の中じゃないよな」  なかなか既読がつかないので、焦って……同じメッセージを五回も立て続けに送ってしまった。ストーカーみたいだよなと自分の行動に呆れてしまう。 「ごめん、今、月下庵茶屋にいる」 「誰と?」 「達哉とだよ」 「すぐに迎えに行く」 「なんで?」  そのまま翠の言葉は無視した。俺が迎えに行くと決めたら、行くのみだ。居場所が分かればもう充分だ。建海寺に行っていなかったのは幸いだが『月下庵茶屋』といえば、達哉さんと兄さんのデートコースじゃねーか。  ……昔、勝手にそう思っていただけだが。  達哉さんにはさ、永遠に敵わない部分があるんだよ。  兄さんと中高の同級生で大学も一緒……そして今は鎌倉内の寺で住職同士という立場にいる。だから兄さんの親友というポジションはいつになっても揺るがない。そりゃ兄さんにも友達は必要だ。親友と呼べる人がいるのはいいことだと頭では分かっていても、どうにもならない嫉妬心は収まらない。  特に二人きりで会っているのを見聞きすると、もう翠は俺のモノになってくれたというのに、未だにメラメラと嫉妬心が湧くのだから、俺も心が狭い。  居ても立っても居られなくて、通いの若い者に寺の留守番を任せ、俺も月下庵茶屋へと向かった。 ****    そうか、父親同士の立場で共に話が出来るってことは、つまりアレか! 『ママ友』ならぬ『パパ友』って奴になれるのか。  俺と翠の関係が、また一つ深まる。そう思うとぐんぐんと機嫌が良くなる。 「達哉とは、これからお互いに相談しあえるんだな。まだまだ中学生は思春期反抗期の真っ只中だし、僕の相談にも乗って欲しいよ」 「あぁ、もちろんだ」  そんな会話をしていると、翠が鞄の中を気にし出した。 「ん? 何か連絡が入ってんのか」 「あっ……ごめん。少しだけ、スマホを見てもいいか」  翠がスマホを持っているなんて少し意外だった。こいつはこういうのに興味がないのかと思っていたから。 「流からだ。達哉……悪いけど返信させてくれ」 「どうぞ」  チッ! またいい所で弟くんの登場か。  翠の二つ下の弟、流くんには、永遠に敵わないと感じる部分がある。それは度重なる俺の弟の不始末を、ずっと見られてきたからなのか。翠が傷つく度になんとか立ち上がれたのは、流くんという弟の存在が大きかったことも知っている。この前の騒動だって、そうだ。翠の一番近いところで、翠を守り救ったのが彼だった。 「達哉、悪かったな。どうやら僕が何も言わずに出て来たので、探していたらしい」 「来客か」 「いや……そういうわけでは」  なるほど、相当なブラコンだな。  翠の姿が見えないだけで心配になったのか。 「ここにいるって、教えたのか」 「うん」  じゃあ、きっと十分以内にここにやってくるぞ。賭けてもいい! 「ところで、袈裟姿ではない翠を見るのは久しぶりだな」 「え?」  何故か翠はギョッとした表情を浮かべた。今更ながらに気が付いたが、春物のセーターにズボン姿という軽快なスタイルだったから、余計に翠とデートをしているような気分になったのかもしれない。 「そっ、そうかな。今朝はすぐに袈裟を着る気分になれなくてね、散歩も兼ねて重箱を返しに行こうと思い立って……その、変か」 「ふーん」  詳しい事情は分からないが…… 「でもいいんじゃないか。そういう時間もあっても、いつもいつも袈裟を着ているのは……重たいだろう」 「達哉……やっぱり君と話すと、落ち着くよ」  翠は、俺のかけてやった言葉に優しく微笑んでいた。ずっと綺麗な奴だとは思っていたが、最近輝きが増したような気がする。何かいい事でもあったのか。  だが、それを聞くのは野暮だろう。  甘味屋の窓からふと外を眺めると、案の定、流くんがいた。でも店に入ってくる素振りはなく、ガードレールにもたれて翠を待っているようだった。  ふーん、彼も成長したな。  さてと、いつまでも翠を独占するのも悪いから、そろそろ出るか。  久しぶりに翠と立ち寄った甘味処は、以前と同じ味で、俺の胃袋を満たしてくれた。そして翠と懐かしい時間を持つことも許してくれた。 「翠、そろそろ出るか」 「うん、久しぶりで美味しかったな。また来よう」    翠の唇の端にあんこがほんの少しだけついていた。  だが、それを取ってやるのは俺ではないような気がして、そのままにした。  

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