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正念場 5
洋と、昼過ぎから連絡が取れなくなっていた。
だから気になっていたのだ。もう一度連絡してみようと思ったが、そのまま午後の診察に入ってしまい、更に緊急オペも入り、ようやく夜になって医師の仕事から解放された。
ふぅ、今日は予定よりもだいぶ遅くなってしまったな。
白衣を脱いで部屋に鍵をかけ、足早に駐車場へと向かった。
途中、腕時計を確認するともう20時近かった。流石に洋はもう家に戻っているだろう。だがスマホへの着信もメッセージも皆無なのが、気になってしまう。
こういう時は、嫌な予感しかしないものだ。
月影寺の固定電話に、歩きながらかけてみる。
「もしもしっ」
「おお、丈か。どうした? 慌てて」
電話には、流兄さんがすぐに出てくれた。
「洋はそこにいますか」
「洋くん? 今日は来てないよ。日中、東京まで行くと言っていたから、疲れて離れにいるのかと思ったが」
「そうですか……あの、流兄さん、すみませんが合い鍵で離れを見て来てもらえませんか。もしかして……そのまま眠っているのかもしれません。ずっと電話に出ないのが気になって」
「あぁ、なるほど、心配だな。いいぜ! ちょっと待ってろ」
「すみません」
すぐに流兄さんの携帯から折り返しの電話をもらったが、洋はまだ帰宅していなかった。連絡もなしにこんな時間まで、どこをほっつき歩いているのか。何か嫌なことがあったのか。それともまさか……何か災難に巻き込まれてしまったのか。心配で溜らない。
「丈……? なぁ落ち着けって。もう一度洋くんに電話してみろ」
「……分かりました」
****
「うーん、困ったな」
「パパ、おでんわでちゅよー」
「そ、そうだね」
駅に向かう車で意識を失ってしまった洋さんを横抱きにして、家まで運び、客室のベッドに寝かせたのはいいが、さてどうしたものか。
最初は少し寝たらすぐに起きると思ったのに……2時間経っても目覚める気配がない。まるで防御反応のようだな。
息子の秋《あき》と手を繋いで様子を見守っていると、洋さんの鞄の中で電話が鳴った。さっきから何度目だろう。
勝手に鞄を探って電話に出てもいいのだろか。家族の人だったら、そろそろ心配になる時間か。
時計の針を見れば、既に20時を回っていた。
うーん、実に迷う所だ。
洋さん……頬の傷が思ったより深く縫うことになった時、不安そうな顔してたもんな。きっと苦手だったのに強がっていたのだろう。もしかして麻酔や痛みに弱い体質なのか。
父さんに電話で相談したら、一旦家に戻り休ませるように言われたから従ったが、この判断って間違っていないよな。普段と違う、慣れないことをすると、心配になるもんだな。
「パパってばー おでんわ! きれちゃうよ」
やれやれ3歳の息子に急かされる始末だ。
「わかったよ。じゃあ出てみようか」
「うん!」
息子に急かされ……意を決して……洋さんの鞄の中からブルブルと震えるスマホを取り出し画面を見ると、『丈』という名前が画面に浮かんでいた。
『丈』って、誰だ?
お兄さんかな。まぁとにかく出てみよう。さっきから切れてはまたかかって来るから、洋さんを必死に探しているのだろう。
「……」
「洋! やっと出たな。今一体、何処にいる? 今……何時だと思っている? 心配かけて!」
応答した途端に、問い詰めるような険しい声が響いた。
うわ……まずい電話に出てしまったのか。
「あっ……あの、これは洋さんのスマホなんですが……えっと俺はですね」
「はっ? き……君は誰だ? 洋はどこにいる? まさか洋に何かしたのか」
問答無用にキツく責められたので驚いてしまった。確かに洋さんはかなりの美人だが、これでは俺は明らかに悪者だと苦笑してしまった。
「あの……ですね、ちょっと落ち着いて聞いて下さい。俺は冬郷春馬と言います。実は向かいの洋館の月乃白江さんの所に洋さんが来ていて……あっその件はご存じですか」
「あっ……そうですか。すみません。捲し立てて……」
「いえ……そうだ、失礼ですが、あなたは洋さんとどういう関係ですか」
一応相手の素性も聞いておかないとな……こっちは名乗ったのだから。
「あ? あぁ……洋の兄です」
「あぁ、お兄さんですか。そうか、養子先の……」
「ええ。洋がそこまで話していたのですか。まぁ……そういうことです」
「よかった。じゃあ洋さんの大切な身内の方ですね。実はちょっとハプニングがあって、洋さんが頬をガラス片で切り、数針縫う怪我を負ってしまって」
「なっ、なんだって!」
うわっ! 大声で鼓膜が破れると思ったぞ!
落ち着いていたのに、またぶり返した。洋さんの義理の兄さんは血気盛んなんだなぁと苦笑してしまった。
「大丈夫ですよ。数針でしたし、ちゃんと腕のいい医者に連れて行きました。傷跡もきちんと通院すれば大丈夫だそうですよ」
「……そうですか。それは、ありがとうございます。それで洋は今どこに? 今、何をして?」
「それがですね……麻酔や皮膚を縫うのでかなり神経を使ってしまったようで、駅まで送ろうと思ったのに車の中で意識を失ってしまい」
「そうでしたか……彼は貧血の持病もあるので。私が今すぐ迎えに行きますので住所を教えてください」
「ええ、もちろん、でも無理なさらずに。うちは客間もありますので一泊してもらっても構いませんよ」
「とんでもないことだ! 今すぐ行きます」
住所を教えると慌てた様子で電話を切られてしまった。
きっと、すっ飛んでくるな。洋さんのお兄さんって、かなり過保護だな。まるで恋人が怪我したみたいに慌ててさ。
ん? まさかな。
美しい寝顔を見下ろして、柄にもなく妙なことを想像して……慌てて頭を横に振った。
それにしても……洋さんを見ていると、亡くなった柊一叔父さんを思い出すのは何故なのか。切羽詰まって苦悩している顔が似ているなんて言ったら、両者に怒られるかな。
「春馬、ただいま。どうかな? 彼の様子は……」
そのタイミングで向かいの家で白江さんの話相手をしていた、父さんが戻ってきた。
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