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夏休み番外編『Let's go to the beach』15
久しぶりに、洋を横抱きにした。
真っ裸の洋からは相変わらず百合のような香りが漂っていた。実際はそんな匂いはしないのかもしれないが……洋の美しい顔を眺めていると、香しい匂いがするように感じるのだ。
ほっそりとした躰は、どうやらなかなか太れない体質のようだ。でも出会った頃のような病弱でひ弱な感じは払拭され、しなやかな体つきになってきた。
洋の躰を変えたのは、私だという自負もある。
流兄さんが、翠兄さんのために寝食の世話を甲斐甲斐しくしたがる気持ちが痛いほど分かる。愛しい相手を自分好みに仕立て上げることの喜びは、最高だからな。
洋はおそらく母親が亡くなってから栄養の偏った食事を取り続けた影響があるのだろう。貧血がちでよく風邪をひきやすい虚弱体質だ。
そんな洋も少しずつ変わっている。きっとこの先もっともっと変わっていく。それはいい方向に……そしてその隣にはいつだって私がいる。
「おっおい! もういいだろう! もう降ろせ」
「駄目だ、君は怪我人だ」
「それは誰のせいで……」
「あぁ、私のせいだ」
最近の洋は自立を目指していて、なかなかこんな風に抱かせてくれない。だから今日は降ろすのはもったいなくて、ずっと抱き上げていたくなる。
「丈、お前やるなぁ……堂々と公衆の浴場で、洋くんをお姫様抱きとは……全く見せつけてくれるよなぁ」
「洋は怪我をしているんですよ」
「はいはい。原因に心当たりあり過ぎだがな~」
流兄さんが、湯舟につかりながらニヤニヤと話しかけてくる。
すると芽生くんの歓喜の声が、浴場に響いた。
「うわぁぁーおじさん、かっこいい! かっこいいー!」
ははっ、おじさんは余計だが、嬉しいことを。
子供からの無条件の賞賛はありがたい。
もう一度洋をしっかりと持ち上げ抱え直した。
「わっ、丈」
洋が恥ずかしそうに顔を伏せる、だが伏せる先が、私の胸板なものだからゾクゾクくるな。それにしても洋はやっぱりこんな風に抱かれるのが似合う男だ。
見せつけるように振り向くと、驚いたことに、同じように尻もちをついてしまった瑞樹くんを、芽生くんのお父さんがすっと抱き上げようとしていた。
「そ、宗吾さん! なんで……! 」
「ん? 瑞樹も尻もちついて痛そうだから」
「おっ、降ろしてください」
洋と同じ位真っ赤になって抵抗している。だがそんな抵抗すらも嬉しそうに愛おしそうに瑞樹君を抱くこうとする宗吾という男のことが私も気になった。
もしかして……少し私と似てるのか。その強引な溺愛っぷり。
どこかで見たような。
私はそのまま洋を静かに湯舟に浸けてやった。
このお湯は少し濁っているので、洋の内股の痕は目立たないだろう。
「洋、少し浸かれ」
「あっ、あぁそうするよ」
「おじさん~抱っこしておふろにはいると、そのケガなおるの? 」
「あぁそうだ」
「じゃあ、おにいちゃんもはいらないと! パパーおにいちゃんを、はやく抱っこしておふろにつれていってあげて」
「そうしよう! 」
「だって、おにいちゃんもきょうはここをケガしちゃったから」
小さな子供が必死に自分の心臓部分を指さしていた。
心か……
そうか、君には……見えるんだな。
傷は目に見えるものだけではない。
心に負った傷もあることを、その歳で知っているのか。
まだこんなに小さいのに──
私にも、そういう澄んだ目があれば……
もっと早く洋の異変や悲しい過去に気づけたのでは。
もっと早く翠兄さんの苦しみに気づけたのでは。
何もかも悔やまれる。
だが……もう、悔やんでもしょうがないことだ。
過去は過去。今は今。
今を生きているのだから、今向き合えることに対して、善処していこう。
洋を湯に浸けたのに、まだ……手放せなくてそっと抱きしめていた。洋も私の気持ちを察したのか、そのまま暴れることなくじっとしてくれていた。
「なぁ丈……心の怪我って、分かるな。怪我は目に見えない場所にも出来るからね。瑞樹くんも、ちゃんと治療しないと……」
「あぁそうだな」
そうこうしているうちに隣に瑞樹くんが、横抱きされてやってきた。
「宗吾さんっ離してください。ちゃんと自分で歩けますから! 」
ジタバタと暴れて、相当恥ずかしがっている様子が微笑ましい。
「洋は大人しくしていたのに、彼は随分照れくさそうに抵抗しているな、初々しいな」
「ばっ馬鹿! 俺だって相当恥ずかしいが、我慢してたんだ」
「そうか? 手慣れた洋も好きだから安心しろ」
「はぁ……まったく丈には敵わない」
するとザブンっと飛沫をあげて、豪快に宗吾が瑞樹くんごと湯に飛び込んできた。
「うわ! 」
「ははっプールみたいだな」
「宗吾さんっ、何を子供みたいなことを」
本当に初々しいカップルだ。
「さぁ芽生くんもお風呂にはいらなくちゃね。こっちにおいで」
慈悲深い優しい声は翠兄さん。
いつの間に子供の前にしゃがみこんで話している。
「ボクも……だっこしてほしいな」
綺麗な翠兄さんを前に、芽生くんもボーっとしているようだ。
「あぁいいよ。なんだか息子の小さな時を思い出すよ」
翠兄さんが芽生くんのことを、意外にも軽々と抱き上げた。
かつてそうやって薙を抱っこした日々を思い出しているような……柔らかい表情を浮かべていた。
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