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夏休み番外編『Let's go to the beach』16

 風呂場での楽しい時間の後は夕食だ。  浴衣のまま、ぞろぞろと食事処に行くと、部屋の名前ごとのテーブル席が用意されていた。 「丈、俺たちの部屋の名は? 」 「『江ノ島』だ」 「じゃあ、ここだね」  プレートのあるテーブルに近寄ると、なんと隣が瑞樹くん達だった。 「またお会いしましたね」 「ですね! 」 「あっ、おにいちゃん! 」  芽生くんもご機嫌で、モグモグとお子様ランチを食べていた。  「メイくん、こんばんは! それ美味しい? いいなぁ」  どうだ、かなり俺も子供の扱いに慣れてきただろう?  正直丈があんなに上手く応対すると思っていなかったので少し焦った。子供を持つなんて俺の人生には一生ないがことだが、縁あってメイくんと触れ合えて、素直に嬉しかった。 「うん! おにいちゃんも食べる? 」 「えっ、俺は大人のお料理でいいよ」 「そうなの? だってじーっと見ていて、すごく、たべたそうだよ」 「ちっ違うよ、そういうつもりでは……」 「くくくっ、洋は相変わらずお子様だな。帰ったら作ってあげるから今日は我慢しろ」 「丈まで! ひどいな」   丈はまだニヤニヤしていた。また後でこのネタでいじられそうだ。 「そうだ! せっかく隣同士なんだから、テーブルをつけて宴会にしようぜ」  流さんが提案すれば、滝沢さんも阿吽の呼吸だ。  丈と俺の間柄は、そのまま滝沢さんと瑞樹くんに当てはまるからいいとしても……流さんと翠さんの関係は秘密だ。この関係だけは外部には漏らせない。絶対に守り通すべきことだと強く認識していた。  「じゃあ俺たちの出会いに乾杯! 」 「乾杯! 」   ビールの大ジョッキで乾杯だ。俺はあまり飲めないので、すぐにウーロン茶にしたが、賑やかな雰囲気が心地よく酔ってしまいそうだ。 去年の宮崎への新婚旅行は、流さんと翠さんがついてきてくれて楽しかった。そして今年はまた新たな出会いがあって幸せだ。  母が他界してからずっと寂しく生きてきた俺は、丈と出会い、いつも大事な人が傍にいてくれる環境に変化した。更に丈と共に月影寺に戻ると、ふたりの兄と新しい両親が出来た。  もう十分過ぎる程、今の俺は人に恵まれているのに、この夏この海で、友人になれそうな人と知り合えるなんて……思ってもみなかった。 「洋、私も滝沢さんと気があいそうだ。少し話してきてもいいか」 「もちろんだ、丈にとっても良い友人になれそう? 」 「そうなんだ。私にしては珍しくそんなことを考えていた。最初は瑞樹くんと洋が仲良くなれるといいと思っていたのにな」 「俺たちの世界も広がるな」 「あぁ」  寛いだ時間は、あっという間に過ぎた。  丈も流さんも滝沢さんも、お互いに張り合うようにビールを大量に飲んで、泥酔状態に近い。 「おい丈、大丈夫か」 「この位……全然酔ってない」  嘘だろ? 流さんと丈が肩を組んで上機嫌の千鳥足。滝沢さんも瑞樹くんに支えられ、部屋に戻って行った。 「なんだ? お前は隣の部屋か」 「そっちこそ隣か――ははっ」   バンバン肩をたたき合っている。いつの間にか流さんも意気投合して、三人はまるで昔からの親友のようだった。   「瑞樹くんお互い苦労するね」 「えぇ……宗吾さん、いつもは強いのに、今日はリラックスしていたみたいですね。洋くん、東京に戻ったら必ず連絡しますね! 」 「待っています」  客室に入ると既に布団が敷いてあったので、丈と流さんはもつれるように、その場に雪崩れ込んでしまった。  おいおい……大丈夫か。丈のこんなにも砕けた姿は見たことがないので、呆気に取られてしまうよ。 「洋くん、丈はとても楽しそうだったね。僕も二人の弟が友人と酒を飲む交わす様子が嬉しかったよ。それにしても僕も眠いよ」 「翠さんも早く寝た方がいいですよ。そもそもお盆の疲れが抜けきれていないのに」 「ありがとう。じゃあ……お先に、お休み……」  翠さんも眠気には勝てないようで、そのまま崩れ落ちるように流さんの隣で眠ってしまった。 皆、あんなに騒いでいたのに呆気ない幕切れだな。でもこれでよかったのかもしれない。一つの部屋では丈と触れ合えないし。  だが俺の方は、まだそんなに眠くなかったので、窓を開けてバルコニーに出てみた。  燦々と太陽を浴びて煌めいていた海は、今は真っ黒に見えて、少し怖かった。だが月がいてくれた。暗闇の不安を打ち消すようにぽっかりと浮かんで、白く静かな光を落としていた。  保養所は海の家が建つのと同じ立地条件なので、バルコニーにも波の音がよく届く。  ザザッーっとやって来ては引いていく音が繰り返されていた。  すごく癒やされるな……この音には。  そういえば以前、丈が話してくれたのを思い出した。  波の音は一定のリズムで 繰り返されているように感じるが、実は不規則なリズムがあり、 それを「1/fのゆらぎ」と言うそうだ。それにはリラックス効果があって、人は波の音で心を落ち着かせることができると……心理学の勉強を積んだ丈の深い言葉に、なるほどと思った。   「波の音って、母親の胎内の音と似ていると習いましたよ」  突然降って来た声の主を探すと、瑞樹くんだった。 「あの……驚かせてすいません。お隣の部屋だからバルコニーも続いているんですね」 「あの? さっきの話もう一度いいですか」 「ええ、大学時代に習ったのですが、僕たちが生まれる前に母親の胎内で聴いた音と波の音って似ているそうですよ。だから落ち着くと……」 「そうだったんですね」  俺がまだ母さんの一部だった頃に胎内で聴いた音か――  そう思うと突然……胸の奥が苦しくなってしまった。 「あの、もしかして洋くんもお母さんを……」 「そういう……瑞樹くんも? 」  お互いの共通点は、そんな所にもあった。 「えぇ僕は十歳の時、交通事故で……みんな逝ってしまって」 「……そうだったんですね、俺も両親はもうとっくに……」 「そうか、だからなのかな。洋くんとはそういう部分でも響き合うものを感じます」  瑞樹くんも夜風にあたりながら、ふっと切ない表情を漏らした。 

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