1185 / 1585

14章 プロローグ

「洋……大丈夫か」 「あぁ、悪い……まだ夢を見ているようで」 「洋……あれは夢ではない。私が全てを記憶しているのだから」 「そうだよな」    白金の祖母の家からの帰路、電車に揺られながら、俺はずっと上の空だった。  一番嬉しかったのは、祖母が丈を認めてくれたことだ。孫の同性愛をすんなりと受け入れてくれるなんて……やはり信じられない。 そして由比ヶ浜の家の権利書の件も驚きだった。  祖母に孫だと認めてもらいたかったが、何かを受け継ごうとか、財産をもらおうなど、少しも考えていなかったのに。 「丈、あのさ……これ、やはり返した方がいいのかな?」 「馬鹿だな。せっかくのお祖母様のご厚意を無駄にする気か。洋が、これからお母さんの分もお祖母様に孝行して、心で返していけばいい」 「……そうか、そうだね」  成る程……丈の奴、良いことを言うな。  確かに祖母から帰り際に、後日改めて泊まりに来て欲しいと誘われた。母が家を出るまで過ごした部屋があり、そこを俺のために改装してくれたそうだ。次に行った時は、その部屋で……祖母と一緒に、母の思い出を語ろう。  もっと知りたいんだ。  母が俺の母になる前の話も。  どんな子供だったのだろう?  どんな少女時代を?  あぁ、知りたいことやりたいことで一杯だ。  今の俺は―― 「丈……俺……生きていて良かった」  外は暗くなり車窓に顔が映る。そこには、とても満ち足りた表情の俺がいた。  丈と出会うまで……ずっと孤独で寂しい人生だった。怯えて、耐えることしか、知らなかった毎日だった。  俺と血の繋がった祖母の存在が、こんなにも世界を変えてくれるなんて想いもしなかった。  母さん……俺はあなたの息子で良かった。  まだ幼く何も伝えられないまま別れてしまったから……あなたに話したいことだらけだ。 ****  『生きていてよかった』……か。  洋が吐いた台詞は重たい。  未だに……堪えるな。あの日、死んでしまいたいと思っていたことを示唆する洋の言葉に、一瞬ギュッと胸が切なくなった。   だが一生消えない傷を負った洋がここまで立ち直り、自分の力で今日と言う日を手に入れたのだ。そのことが感慨深い。 「洋……今度、その別荘を一緒に見に行こう」 「もちろんだよ! あぁ……今すぐにでも行って確かめたい気分だ。あのさ……丈のさっきの話って、本当に本気なのか」 「ん? あぁ開業のことか。本気だよ。洋と過ごす時間が足りないから前々から思っていた。いつ頃がいいのかと、タイミングを考えている段階だった」 「そ、そうか」  洋は隣で、嬉しそうに微笑み、頬を淡く染めていた。    洋という男は強がって口には出さないが、相当なさみしがり屋なのだ。   「丈……聞いてくれ。俺ね……今回はくじけそうになったが、それでも諦めずに最後まで頑張った。結果、思いがけない展開だった。でも全部母さんが残してくれた気持ちのおかげだな。お祖母様にちゃんと届いて良かった」 「お母さんの手紙の存在は大きかったが、同時に洋の心もしっかり届いたのだ。お祖母様は……洋を通して母の面影も見たが、洋自身の事も見つめていたと思うが」 「うん……伝わったよ。俺の背後にいる母だけじゃなかった、俺を見つめてくれて心配してくれていたな」 「さぁ着くぞ」    北鎌倉の改札を抜けると、通りの向こうから大声がした。 「おーい!」 「流兄さん?」 「遅かったな」 「すみません」  兄が、わざわざ車で来てくれたようだ。    私たちの顔を交互に見て、兄は破顔した。 「よしよし、その様子なら上手くいったようだな。洋くん良かったな」 「はい……あの沢山話したいことがあります。沢山嬉しいことがありました」 「そうか、そうか! 翠兄さんも楽しみに待っているよ」  洋が私の兄を好いてくれ、兄たちも洋を実弟のように可愛がってくれる。  それがじんわりと嬉しい夜だった。  さぁ、もう帰ろう。  私と過ごす……君の家が待っている。 あとがき(不要な方はスルー) **** お久しぶりです。まだお気に入りに登録して下さっている皆様、本当にありがとうございます。こちらのサイトに試験的に再開してみようと思います。 『重なる月』の新章です。どうぞよろしくお願いします。 由比ヶ浜の家を訪れたり……翠と流の愛の深まり……お話を広げていけたらと思います。

ともだちにシェアしよう!