1187 / 1585
心通わせて 2
「本当は兄さんが駅まで迎えに来るはずだったんだ」
「翠さんがわざわざ?」
「だが危なっかしいから止めた。で、俺が来たわけだ」
「そうだったのですね。俺……翠さんにも流さんにも心配かけてしまいましたね」
後部座席の洋くんが申し訳なさそうに頭を下げるので、違う違う! と首を振った。
「おい、今は謝るところじゃない。甘えるところだ」
「え……」
「洋……兄さんたちは洋が大切なんだ。だから素直に受け止めてくれ」
「丈まで……あ……あぁ、俺……その、慣れていないんだ。こういうの」
洋くんが嬉し恥ずかし、頬を染める。
ふんふん、俺たちの末の弟は可愛いらしいな。
「さぁ着くぞ。お前達、ほっとして腹が減っているだろう。今日は一緒に母屋で食べようぜ」
「嬉しいです。丈、いいかな?」
「あぁ洋の好きなように。兄さん……すみません」
「丈、お前まで謝るな! 気持ち悪い」
「酷いですね」
山門を潜ると、案の定、山門の内側に翠が立っていた。
家で待てと言ったのに、約束を守らないのも、やはり翠らしい。
「洋くん、お帰りなさい」
「翠さん!」
洋くんの明るい声と表情で、兄さんはすぐに事の次第を察知したらしい。
さすが洞察力に優れているな。
兄さんは優美に微笑み、洋くんをふわりと抱きしめた。
「良かった! 今日は大丈夫だったようだね」
「はい、受け入れてもらえました。後でゆっくり話します」
洋くんも翠の抱擁が心地良いらしく、目を閉じて味わっていた。
兄さんも洋くんも、似ているよ。
耐えて耐えて……ようやく咲いた美しい花だ。
その花を守るのが俺と丈の役目さ。
****
「洋さん、お帰り!」
「薙くん、わぁ~夕食を作ってくれていたの?」
「いや、オレは温めているだけさ。作ったのはモチロン流さんだ」
台所から漂うこの匂いは……!
「あ……煮込みハンバーグ?」
「そ! 洋さんとオレの好物だよな-」
「そうだよね」
薙くんが友達みたいに話してくれるのが嬉しいし、僕の大好物を流さんが作ってくれたのも嬉しい。
安心して帰って来られる家があるだけでも夢のようなのに……温かく美味しそうな夕食に、楽しい会話まで備わっているなんて、俺には贅沢過ぎる。
母が亡くなってから……あの人と二人で暮らした日々には欠片もなかったものだ。コンビニの弁当は温めても、心は温まらなかった。あの人が、いつ帰ってくるのか冷や冷やしながら膝を抱えて耐えた日々は、もう消滅したのだ。
「翠さん……流さん、ありがとうございます」
「改めて……お帰り、洋くん、今日という日のために、君はよく頑張ったね」
翠さんが慈悲深い声で、俺の肩をポンポンと叩いて労ってくれた。
あ……まずい、泣きそう……だ。
「さぁさぁ、飯だー! 飯にするぞー」
そんな俺の背中を流さんがバンバン叩いて、景気をつけてくれる。
「ほら、洋くん、君には特別だぞ」
「え?」
出されたハンバーグの上には、旗が立っていた。それは日の丸ではなく、月影寺の家紋の入った旗だった。
ともだちにシェアしよう!