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追憶の由比ヶ浜 30

「階段が急です。どうか足下にはくれぐれもお気をつけて」 「まぁ、ありがとう。逞しいお兄さんなのね」 「ははっ、ありがとうございます。俺のセールスポイントですよ!」 「素敵ですよ」 「照れますね」    背中を恭しく支えてもらったおかげで、急な石段もスムーズだったわ。そうねぇ……まるでワイルドな王子さまにエスコートしてもらったみたいだったので、私はまたまた上機嫌よ。  ♪~♫  あら、はしたない。また鼻歌が漏れ出しそうだったわ。 「さぁ、こちらですよ」 「あら? 洋の家は正面に見えている母屋ではないの?」  てっきり正面に見えてきた立派な母屋かとおもいきや、途中で道を右に曲がって竹林の中を歩き出した。 「えぇ、前はそこで暮らしていたのですが、彼らはまだまだ新婚さんなので、この離れを二人で建てたのですよ」 「まぁ……このお寺は広大な敷地をお持ちなんですね」 「まぁ北鎌倉でも一番奥ですから敷地だけは広いです。背後はすぐに山で、奥には滝もありますよ。また改めていらして下さい。もうすぐ茶室が完成するので、お点前致します」  洋からまた素敵な縁が広がったわ。 「北鎌倉の古寺で特別なお点前だなんて、楽しみ過ぎるわ」 「はは、俺は万能ですよ。着物も染められますし、焼き物もお任せ下さい」 「す……素敵だわ」 「さぁ到着です。ここです」  案内してもらったのはモダンなダークブラウンの外観の平屋で、静かな竹林に佇む瀟洒《しょうしゃ》な建物だった。  どこか懐かしく感じるのは、娘達が小さい頃、由比ヶ浜と交互に訪れた避暑地、軽井沢の別荘のようだからなのね。あの軽井沢の別荘にも、また行きたいわ。  少女の夕の声がする。 『ママ……こ、怖いわ』 『大丈夫よ。ほら桂人くんが手綱を引いてくれているから、彼を信じて』 『ケ……ケイトさん、お願いします』 『はい、お任せ下さい』  そうそう、主人は海外を飛び回っていたので、娘達の面倒を柊一さんのお屋敷の執事さんと庭師さんに頼んだのよね。  夕は……乗馬倶楽部でポニーにおっかなびっくり乗っていたわね。それでもパカパカと動き出せば、朝と一緒に楽しそうに笑っていたわ。 「洋くんは今日は丈に言われて留守番をしているので、きっと喜びますよ」 「まぁ……皆さん、どこかへお出かけされるの? そのお花は?」 「実は一番上の兄が検査入院しているので、見舞いに行く所です。まぁ丈の病院なので……その、洋はいろいろ問題があるので、控えた方がいいというお達しで」 「なるほどそういう理由なのね。ふぅん……今の世の中もまだまだなのね、進歩がなくて残念だわ」  そう呟くと、流さんは驚いていた。 「正直……洋くんのお祖母様が、こんなに革新的な方とは思いませんでした」 「ふふ、私はずーっと身近で同性同士の恋愛の行く末までを全部見てきたの。私の一番近しい人が洋と丈さんのような関係で……彼らが出会い結ばれ、歳を重ね、最後の瞬間まで幸せだったのを、この目で見ていますからね」 「参ったな。それじゃあ……最強なはずだ」 「ふふっ」 「では、あとはお二人でゆっくり。母屋にはちょうど両親が来ているので、ぜひ寄って下さい」 「まぁ、やっぱりいいタイミングだったようね」  ワクワクした気持ちでインターホンを押した。  洋はびっくりするかしら。  あぁ……私の可愛い孫に、早く会いたいわ。   (ようちゃん、おばあちゃまが来ましたよ)  もしも洋がもっと小さな子供だったら、きっとこう言ったでしょうね。  

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