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追憶の由比ヶ浜 46 

「丈、実は由比ヶ浜の別荘で、これを見つけたんだ」 「なんだ?」 「うん、どうやら海里先生が翠さんに書いた手紙のようだ」 「何が書いてあるのだろう?」 「明日、朝一番に翠さん確かめて欲しい。封がしてあるので、俺たちが開封するわけにはいかないよな」 「そうだな。分かった、兄さんに読んでもらうよ。そうか、もしかしたら紹介状かもしれないな」  丈が手紙を見つめながら、呟いた。 火傷痕を治したいという翠さんの気持ちを、きっと海里先生は気付いていたのだと確信している。  もしかしたら、この手紙によって道が開けるかもしれない。 「洋、この手紙をありがとう。不思議だな、このタイミングで」 「あぁ、俺もそう思う。俺が丈と出逢い結ばれ、月影寺にやってきて、祖母を訪ね……パズルのピースがぴたりと当てはまった気分だ」 「私もそう思うよ。やはり私の家族に、洋は無くてはならない存在なのだ。ありがとう」   離れに戻り、手を洗っていると、丈に後から抱きしめられた。 「丈……俺、今日は潮まみれだ。シャワー浴びてからな」 「ん? 味見して欲しいのか。塩味かもな」 「そんなこと言ってない!」 「そうだ……洋、今日のワンピース……」  ギクリとした。あんな格好で病院に行ったこと怒られる?  目を合わせられなくて、顔を背けてしまった。 「どこにやった? あのワンピース」 「あれならカバンに入れたままだ」 「持っておいで。きちんと洗濯しないと駄目だろう」 「あ、そうだね。分かった」 なんだ……怒らないのか。  ほっと胸を撫で下ろした。  ベージュのふわふわなワンピースは、お母さんの物だから綺麗に洗って返さないとな。 「丈、これだよ。このまま洗濯機に入れていいか」 「いや、もう一度着て欲しい」 「へっ?」  また無理難題を! 「丈には、さっき着せて見せただろう?」 「病院だったからよく見てない」 「そんなぁ……」  恥ずかしいんだよ!  白江さんとお母さんに勢いで着せられたものの、今になって恥ずかしさが増してくる。 「可愛かったんだ」 「よせ」 「なぁ……洋、駄目か」  あぁぁ狡い。その台詞はよせ。 「何もしないよ。母さんのワンピースだろ。それ」 「そうだよ」 「だから洗う前に一度だけ、なぁ駄目か」  も、もう――その台詞は俺と翠さんのものなのに。 「仕方が無いな。い、一度だけだぞ。一瞬だけだぞ」 「洋、優しいな」  今日は病院で散々翠さんと流さんにあてられただろうし、俺も祖母と密な時間を過ごしていたので……丈にもご褒美が必要か。 「着替えは見られたくない。目を瞑っていてくれ」 「あぁ」  流石に女物のワンピースに着替えるのを見られるのは、恥ずかしい。  まさか一日に二度着ることになるとはな。 「ど、どうだ?」 「可愛いな。洋のお母さんって、そんな感じだったのか」 「あぁ似ていると思うよ。祖母もそう言っていたから」 「そうか。じゃあ……今度は洋が目を瞑れ」 「うん?」  静かな間。  やがて丈の声が響く。  その声は俺に向けられたものではなく…… 「夕さん、改めまして。私が丈です。私が洋の生涯の伴侶です。あなたの心残りを全部救って彼を幸せにしますので、どうかご安心下さい。生前にお会い出来ず残念でしたが、洋を通して今日会えて、あなたに誓えて嬉しいです。洋を幸せにします。力を合わせて生きていきます」  力強い低い声に、ほろりと涙が溢れてしまった。 「丈、ずるい……そんな台詞……」 「嫌だったか」 「嫌なはずない! 俺の中の母が微笑んでいる! 喜んでいる!」  分かるんだ。  血潮が熱くなった。 (洋、よかったわ。あなたを愛してくれる人がいるのね。頼もしい彼……海里先生みたいにステキよ) (お母さん……!)  溜らずに……俺の方から丈に駆け寄り、抱きついてしまった。 「丈……俺、お前が大好きだ!」   何度でも告白しよう。  初恋の君に――

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