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追憶の由比ヶ浜 50

『なぁ……駄目か』だって?  その言葉を待っていたぜ! 聞かれなくて、先ほどから翠の布団に潜り込みたくて溜まらなかったのだ。 「行く!」 「うん、おいで」    ん? 翠は兄モードなのか。俺を随分幼く扱うのだな。  あぁそういえば、小さな頃……兄さんがよくこんな風に呼んでくれた。 『りゅう、おいでよ、僕の布団に』 『流、一緒に眠ってあげようか』    あれは……  雷の鳴る夜。  月のない闇夜。  寒い雪の夜。  小さな頃は同じ部屋で、布団を並べて眠っていた。  少しだけ寂しい夜は、俺は兄さんが恋しくなった。  そんな俺を……兄さんはいつも優しく呼んでくれた。 「なぁ……翠」 「何?」 「小さい頃、俺をよく一緒の布団に呼んだのは……本当は兄さんが雷が怖くて、暗闇が怖かったから? 冬は寒かったからなのか」 「え……っ」  翠の目が……泳ぐ。  本当に分かりやすい人だ。 「な……何を言って」 「まぁいいや。俺は呼ばれる度にワクワクしたよ」 「そうなの?」 「あぁ、翠の匂いに包まれて眠るのがうれしくて溜まらなかった」  素直に伝えると、翠はその言葉を噛みしめていた。   「嬉しいよ。僕も……流を呼ぶ度に嬉しくなっていた。流の肌はいつも熱かったよ」  それは幼い心に興奮していたからさ。  どうして俺がこんなに翠を慕うのか。ただ兄だから? それだけではない。  もっと心の奥から翠を求めていた。  翠が少しトーンを落とした声を発した。 「でも……流……言葉って……難しいね」 「ん?」 「言葉は目に見えないものなのに、人を切り刻む刃となり、奈落の底に落とすこともある」 「すまない。そんな言葉の暴力を……かつて俺は翠に投げたこともある」 「流、でもね、流の一見冷ややかな言葉の裏には……いつも涙が流れていた。僕には届いていたよ」 「感じていてくれたのか」 「僕が素直になれなくて……遠回りばかり」  翠は俺の胸に、コトンと頭を乗せて、俺の鼓動に耳を傾けた。 「さよなら……」 「え?」(い、いきなり何だ?) 「過去の僕にサヨナラだよ。流を好きな気持ちに蓋をしていた僕にサヨナラだ」 「翠……」  翠が病室の白い天井に、すっと手を伸ばした。少し大きな寝間着の袖からすっと薄く肉のついた腕、手首、手が露わになる。 「……届かないと思っていた、流には」 「それは俺の台詞だ」  翠の手を追って、俺も手を伸ばす。  辿り着いた先で、指と指を絡めて恋人繋ぎをして、呼び寄せる。  翠の細い指は、確かに男のものだがとてもたおやかで、世が世なら、刀より筆が似合う文士のようで愛おしい。  顔つきも体つきも性格も……声も……何もかも違う翠が好きで、好きで溜まらない。 「どうした?」 「今宵も流が欲しい……と思うのは、贅沢かな?」 「す、翠……っ、いいのか」 「えっと……朝まで検温にはこないらしいんだ。それと今日……僕は検査を頑張ったから……その、ご褒美が欲しい……」 「……!!!!」   くらくらと目眩がする。    ヤバいな、この可愛い生き物は何だ?  もうすぐ40歳になろうとしている兄なのに、最近ますます若返っていないか。  なあに、俺たちの青春はこれからだ。  俺たち……何十年越しの片想いをしたと?  ようやく成就したのは、まだ最近だ。 「流……僕は節操ない人間か」 「んなことない! っていうか……イテテ……おかしくなるから、それ以上しゃべるな!」  ムギュッと俺は翠の唇を力強く封じた。  下半身が痛い、もうガチガチだ。  翠の言葉だけで、勃つ。  おい、言葉って凄いな!  翠の言葉は破壊力抜群だ。その上……翠の身体は極上だ。 「もらうぞ」 「ん……いいよ。静かにするように努めるよ。でも流の言葉って、いつもドキドキするね。僕……流の言葉だけで……もうこんなだよ」  翠は眉間に皺を少し寄せて、弱り切った表情を見せた。  翠の唇を再び吸いながら身体のラインを辿り……そっと股間に手を這わすと、俺と同じようにガチガチになっていた。  それが嬉しくて、溜まらなかった!  こんな夜があってもいいだろう?    大人しくするからさ。  だって……俺たち熱烈な恋人同士なんだ。  声を大にして言えない代わりに……静かで淫らな……甘い夜をもらう。 あとがき(不要な方はスルー) **** 今日から楽しい夏休みの話をと思ったのですが……今日はこちらで。 翠に癒やされたくて、流に元気をもらいたくて♡ 私の世界、大切に……心の赴くままに綴っていきます。

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