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追憶の由比ヶ浜 49

「パパ-」 「んー? どうした?? 秋」 「おばあちゃん、ねんね、しちゃったぁ」 「白江さん……」  バックミラーを確かめると、チャイルドシートに座る秋の隣で、白江さんがコックリコックリと転た寝をしていた。  皺のある口元を綻ばして、楽しい夢を見ているようだ。  今日は、よほど楽しい時間だったのだろう。    洋さん、良かったな。一時期はどうなることかと心配したが、すっかり和解出来たようで、俺も胸を撫で下ろした。 「秋、静かにな」 「パパぁ、アキもねむい」 「そうだな。お前も疲れちゃったな」 「うん、おばーちゃんとねんねする」 「あぉ、家に着いたら起こしてやるから、ぐっすりお休み」  正確には白江さんは祖母ではないが、相変わらず日本中を飛び回っている俺の母よりも、ずっと祖母らしい風情だ。     今日はカフェの定休日だ。  いつもなら保育園に行っている秋と、遠出した。  行き先は由比ヶ浜。  長い時間、海辺で遊んだので、まだ2歳の幼い息子はクタクタのようだ。  やがて……可愛い寝息を立てだした。  小さな寝言は「まま……」  その言葉に、クッと胸が切なくなる。  ごめんな、秋を……ママのいない子にしてしまって。  ふとバックミラーの自分の顔に、懐かしい人の顔が重なった。 「あっ、海里先生……」  父の兄、柊一さんのパートナー海里先生の顔に、俺は本当に似ている。  髪色や瞳の色こそ違うが、顔立ちが似ていると、幼い頃から周りに驚かれたものだ。  どうして……こんなに似ているのだろう?   血が繋がっているわけでないのに、不思議だ。  父さんが母さんに連れられて日本全国を行脚している間、俺はいつも海里先生と柊一さんに預けられて面倒を見てもらった。  だから俺にとって、彼らも親のような存在だ。  そしてもう一組、親のように思っていた人たちがいる。  アーサーさんと瑠衣さんだ。  海里先生の弟の瑠衣さんには、英国人の男性パートナーがいた。  彼らは英国在住だったが、たびたび帰国しては冬郷の家に泊まり、あの由比ヶ浜の家で集まったりもした。  アーサーさんが用意した瑠衣さんの日本の家が、あの洋くんが引き継いだ由比ヶ浜の洋館の右隣の家だ。  あそこは元々は、双子《ツイン》の建物だった。  白江さんに双子の娘が生まれた時に、左と同じ外観の洋館を出産祝いでご主人に建ててもらったそうだ。  なんとも贅沢な話だよな。  ところがすぐに財政的な事情があり、英国貴族のアーサーさんに、後から建てた家を売却してしまったそうだ。  アーサーさんは、もう82歳。  すっかり年を取られて……でもその見事なアッシュブロンドは色褪せていない。  今回の来日は弟のノアさんが同行していた。  きっと……もう最期の来日になるのだろう。 「今日は白江さんも一緒に来ているんです。会いませんか」 「いや、ここでは……瑠衣とゆっくり過ごすよ。帰国前に一度冬郷家に寄らせてもらうので、その時白江さんにも挨拶するよ」 「分かりました」 「春馬くん……君は不思議と……海里に似ているな」 「そうでしょうか。よく言われました」  俺を通して、亡き親友を想うアーサーさんに胸が切なくなる。  人には寿命があり、順番にあの世に旅立つのは分かっている。  だけれど、やはり寂しくなる。  だが、別れもあれば出会いもあるのが、この世の常。  消える命と産まれる命。  世界のバランスは取れている。 「あら、私……眠っていた?」 「えぇ、楽しそうな夢を見ていましたよ」 「ふふっ、昔ね、海里さんや柊一さんたちと夏休みにあの由比ヶ浜に泊まったの。正確には旅行にいってらっしゃいと別荘の鍵を渡したんだけど、私、どうしても気になって、娘を連れて覗き見をしに行ったのよ。はしたないでしょう?」 「ははっ、いいものが見られました?」 「それはもう! 最高に可笑しかったわ」  少女のように可憐に笑う白江さん。  その話……ぜひ聞かせて欲しい!

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