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それぞれの想い 1
二日間の検査入院は、僕にとって大変有意義な時間だった。
久しぶりに住職と父親という二つの鎧を降ろし……軽くなった身体で、更に心を裸にし、流に抱きしめてもらった。
幸い検査で大きな問題は見つからず、目のかすみも火傷痕の手術という打開策を見い出せ希望を持てたことが功を奏したようで、最近はすこぶる調子が良い。
「次はここを手術する」
心臓下に手をあてて宣言すると、流がフッと微笑んでくれた。
「翠、頑張れ。翠のなりたい翠になって欲しいから……応援している」
流の援護射撃が、心地良い。
今の僕には、背中を預けられる流がいる。
「着くぞ」
「ん……分かった」
深呼吸をして気持ちを入れ替えていく。
北鎌倉の古寺『月影寺』
ここが僕の世界。
山門を潜れば、そこが結界。
この先の僕は、寺の住職だ。
そして薙の父親。
流の恋人としての僕は最奥に大切にしまおう。
「降りるよ」
「はい、お気をつけて」
流の言葉遣いも、意識的にガラリと変わった。
スッと背筋を伸ばして山門を潜ると、僕を見つけた檀家さんが近寄ってきた。
「ご住職~、どこかへお出かけでしたか」
「こんにちは、何かご用ですか」
「法要の相談で来ました」
「畏まりました。すぐに袈裟に着替えますので、暫しお待ちを」
さぁ気を引き締めて。
「住職、手伝います(翠、手伝うよ)」
「ありがとう……(流)」
ここから先は、僕と流は目と目で会話する。
決して怪しまれないように最大限の注意を払いながら。
僕は流を愛す。
愛し続ける。
それが僕の決めた、これからの人生だ。
母屋に戻ると、すぐに母が出てきた。
「翠、戻ったのね」
「母さん、ただいま。留守をありがとうございます」
「いいのよ。父さんもたまに使ってあげてね。ぼけちゃうから」
「ふっ、はい、頼りにしています。あの……檀家さんがいらしているので袈裟に着替えてきます」
「俺が手伝いますよ」
流と一緒に部屋に行こうとしたら、母に呼び止められた。
「ねぇ、翠の着替え、久しぶりに私にさせてくれない?」
「えっ、あ……はい」
母さんが? 珍しいことを。
きっと手術をすることを聞いて心配しているのだろう。
無下には出来ないな。
「じゃあ流、悪いけれども……お前が副住職として檀家さんの話を聞いてくれないか」
「……いいですよ。兄さんの頼みとあれば」
流は顔色も変えずに、一礼して去って行った。
流の残り香に、つい先ほどまで触れ合っていた身体が恋しくなる。
「翠、こっちよ」
「はい」
母の部屋の鏡台前に、僕の袈裟がかかっていた。
「少しほつれていたから、縫っていたのよ」
「気付きませんでした。ありがとうございます」
「さぁ、ここで脱いで」
「……はい」
「あのね……丈から聞いたの。あなたの火傷痕、手術で綺麗に消せるそうね。手術のための同意書に記入してくれと、言われたわ」
やはり……だからそんなに心配そうな顔を。
「でね……手術前に、ちゃんと私に見せて欲しいの」
「お母さんが産んでくれた身体に、こんな醜い傷をつけて……すみません」
「馬鹿っ、翠……この子はもう、何を言って……あなたは被害者よ、何も悪くないの!」
母が僕を抱きしめる。
もういい歳の僕を、小さな子供のように。
「翠……あなたは小さい頃からいい子過ぎたわ。じっと耐えるのが美徳のように生きてきたから、言えなかったのね。全部、私のせいよ。ごめんなさい」
「そんな、そんなことは……ないです」
母の手は、こんなに温かいのか。
優しく火傷痕を撫でてもらい、そこに触れてもらうと『手当』という文字が、ほわんと浮かび上がった。
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