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それぞれの想い 6

「はい……では、甘えちゃいますね。翠さんにべったりでも怒りません?」 「んっ? コイツ!」 「わ、いたた……痛いですってば、流さんってば。ははっ」  流さんに向かって軽口を叩くと、背中をバンバンと叩かれた。  痛い程叩かれると、積もり積もった埃が取り払われたような爽快な気分になり、また笑ってしまった。  最近、心も身体も随分楽になった気がする。腹の底から笑ったことなんて、母が亡くなってから殆どなかったのに。 「ははっ! に……兄さんってば、やめてくれよ」  え……!? 思わず口を手で押さえてしまった。  俺の口から出たとは思えない言葉だった。 (兄さん……)  本当は……心の中では、たまにそう呼んでみたりもした。  俺、ずっと一人っ子で兄が欲しかった。父亡き後、母は病弱で……家の中で遊び相手や相談相手が欲しかったから。  あの義父との暗黒の日々に、もしも俺に兄がいたら気付いてもらえた? 助けてもらえた? 夢の中で、そんな救いを求めたこともある。  あれは夕凪の記憶だったのかもしれないな。彼もまた翠さんと流さんの前世、湖翠さんと流水さんに救われた人だから。  「お? いいじゃねーか。俺のこと、これからはそんな風に呼べよ。兄さんでも兄貴でも何でもいいから……そう呼べよ」 「す、すみません。急に……」 「洋くん……いや、洋はさ、もっと自由になれよ。笑いたい時に笑って、し忘れた悪戯もしてもいいぜ。なぁきっと……沢山……出来なかったことがあるんだろ? ここはいいぜ。月影寺は月に守られているから安心しろ。大丈夫だ」 流さんが今度は優しく背中を撫でてくれると、丈に感じるのとは別の安心感を得ていた。  兄弟愛……なのか。これって。 「ありがとうございます。俺も『兄さん』と呼んでもいいんですね?」  すると襖の向こうから声がした。 「もちろんだよ、洋……」  しとやかな仕草が浮かぶ上品な声だった。 「翠さん!」 「入るよ」 「もちろんです」  袈裟姿の翠さんが茶室の中に現れると、まるでそこに睡蓮の花が咲いたような錯覚を覚え、思わず目を擦ってしまった。 「翠!」 「翠さん」 「んっ? 僕のことは呼んでくれないの? 翠兄さんと」 「あ……さっきの……聞いて?」 「ずっと待っていたよ。洋くんがそう呼んでくれるのを」  まるで仏様のように柔和な微笑を浮かべた翠さんが、手を広げ僕を呼んでくれる。その横に流さんが並ぶ。 「すい……兄さん、りゅう……兄さん」 「そうだよ。洋はもう僕らの一番末の弟だよ。血なんて関係ない。こんなにも心で繋がっているのだから」  翠さんの言葉は、俺を解放する。 「血なんて……関係ないと?」 「そうだよ。心が繋がっている場所に真実の愛は生まれるんだからね。夫婦の愛、恋人の愛、親子の愛、家族兄弟の愛……みんな……愛は寛容だよ」        

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