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それぞれの想い 9

 僕は茶室の襖前で、耳を澄ましていた。 「ありがとうございます。俺も『兄さん』と呼んでもいいんですね?」  よし、未だ、このタイミングだ。  静かに襖を開き、茶室に入った。 「もちろんだよ、洋……」  そう告げると、流と洋くんが驚いた顔で、僕を見つめた。   「中に入ってもいいかな?」 「もちろんです」  袈裟を着た僕が茶室に降り立つと、ふたりは何故かうっとりとした様子だった。それから我に返り、また僕を呼ぶ。 「翠さん!」  そうではないよ、洋くん。   「んっ? 僕のことは呼んでくれないの? 翠兄さんと」 「あ……さっきの……聞いて?」 「ずっと待っていたよ。洋くんがそう呼んでくれるのを」  君が月影寺にやってきてから、僕はずっと待っていたよ。  僕と流は、新しい弟の存在が愛おしかった。 君の壮絶な過去を知り、ますます守ってやりたいとも、ここで建て直して欲しいとも……切なくも強い気持ちで溢れていた。  きっと夕凪と出逢った、湖翠さんも流水さんも同じ気持ちだったに違いない。時代は繰り返す、想いも繰り返すのだ。  洋くんは美しい顔を歪ませて、蚊の鳴くような声を出した。 「すい……兄さん、りゅう……兄さん」 「そうだよ。洋はもう僕らの一番末の弟だよ。血なんて関係ない。こんなにも心で繋がっているのだから」  僕の胸に納まり震え泣く洋くんに、慈悲の心で接する。慈悲とは、仏教で仏が衆生(心を持つもの)を哀れみ楽を与え、苦を除くこと。 「血なんて……関係ないと?」  洋くんが半信半疑で問いかける言葉に、楔を打つ。   「心が繋がっている場所に真実の愛が生まれる。夫婦の愛、恋人の愛、親子の愛、家族兄弟の愛……みんな……愛は寛容だよ。洋くんとも兄弟の愛を築いていくよ」  洋くんが膝を折り、僕にすがりついて泣く。 「す……翠兄さんの言葉は俺を解き放ち、流兄さんの行動が、俺を奮い立たせ……そして……丈が俺を愛し抜いてくれます。あぁ……丈、丈、聞いて欲しい。俺、やっと言えたよ」  さぁ、今こそ丈の出番だ。  背後に丈の気配を感じる。  丈がそのまま茶室の障子を開け放てば、春風が舞い込み、着ている白衣がはためいた。  白衣がまるで白鷺のように見えた。  白鷺は古来より縁起の良い鳥で、『神様の使い』とも言われ神聖な存在で、日本では白鷺を祀った神社も数多く見らる。そんな理由で白鷺を見かけると、人間関係で良いことが起こるとも言われているんだったな。  丈が運んできた、連れてきてくれた洋くんの存在。  僕と流の恋愛感情を正常化し、丈との兄弟関係も正常化してくれた。  前世の僕達にはいなかった三人目と四人目の弟の存在が、僕と流を生かしてくれていることを改めて実感したよ。 「洋、やっと言えたな」 「え……じょ、丈? なんで」 「洋に逢いたくて抜け出してきたんだよ。さぁ、来い」  白鷺が羽ばたくように丈が手を広げれば、天女のように美しい洋くんが、懐に飛び込む。 「丈っ!」 「洋――」  抱擁する二人……  まるで神話の世界だ。         

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