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それぞれの想い 10

 どうしよう! 涙が止まらないよ。   本当は……この月影寺にやってきてから、人知れず呼んでいたのだ。  兄さん……俺の兄さんと――  これは丈にも聞かせなかった言葉だった。 「翠兄さん、流兄さん」と丈が呼ぶ度に羨ましく思い、流さんが「翠兄さん」と呼ぶ度に憧れていた。  丈と結ばれてこの月影寺で終の住み処を手に入れ、 丈のご両親にも理解していただけて、翠さんと流さんに可愛がられて、もう充分過ぎるほど恵まれた状態だった。  あの暗黒の世界から救ってもらえただけで充分なのに、こんなの贅沢過ぎるよ!  流兄さんが『そう呼んでくれるのを待っていた』と朗らかに笑ってくれ、翠兄さんが 『僕も呼んで欲しい』と強請ってくれた。  信じられない程の幸せを感じた時、俺は真っ先に丈に報告したいと思った。  この喜びは、けっして俺ひとりのものではない。 俺をここまで導いてくれた丈と共有したいものだった。  だが、丈はまだ勤務時間中だ。こんな時に傍にいてくれないのが、もどかしくもなるよ。  あぁ……背中に羽が生えて、今すぐ丈の元に飛んでいけたらいいのに。それが駄目なら、大空を舞う鳥の背中に乗って丈の元へ飛んでいきたい。  そう思った時、突然春風が茶室内を吹き抜けた。  眼前に、白い翼が見える! 「洋、やっと言えたな」  目を擦ってしまった。だって信じられないよ、これは幻?   「え……じょ、丈? なんで」 「洋に逢いたくて抜け出してきたんだよ。さぁ、来い」  丈は白衣のまま立っていた。白衣の前ボタンを留めていないので、風にはためいてまるで翼のように見えるよ。  会いたいと願った時に、会えるなんて、来てくれていたのか……この瞬間に。 「丈――」  だから俺は駆け抜けた。丈の懐へ真っ直ぐ――  いつの世も、何度も何度も俺を受け止めてくれた逞しい男の元へ。  ヨウ将軍が背中を預けて医官のジョウと、洋の君を包み込むように守った丈の中将の姿を久しぶりに見た。皆、とても幸せそうに暮らしているようだった。良かった! やっぱり俺の幸せは君たちの幸せに繋がっているのだね。 「丈、どうして? 丈、嬉しい! 丈、愛している」 「洋、やっとだ。私もやっとタイミングがあったよ」  俺たちはしっかりと抱き合い、堪えきれずに口づけを交わした。  兄さんたちの前なのに、この溢れる想いに蓋をすることはとても出来なかった。 「愛している……洋」  想いの丈の籠もった、深く力強いキスだった。 「俺もだ、俺の嬉しいこと、丈に……真っ先に報告したかった」 「えっと……コホン」 「あっ、すみません」  目元を染めた翠兄さんが小さな咳払いをしたので、ようやく我に返った。 「いや、いいんだ。丈と洋が深い仲で、深い縁なのは知っているから。僕たちは母屋に戻るからゆっくりしておいで、ゆっくり話したいだろう」  翠兄さんがそう言えば、流兄さんは少し困った顔をしていた。  分かるよ、ここは兄さんたちの神聖な場所だ。 「丈、俺たちが離れに戻ろう。なぁ、まだいられるのか」 「あぁ、あと2時間は」 「良かった! 充分だ」  愛し合うには充分な時間だとは言えなかったが、バレバレだったかな?  ちらりと翠兄さんを見れば、翠兄さんは流兄さんに背後から抱きしめられていた。 「りゅ、流……駄目だって、弟たちが見てるのに……」 「翠はずるい。俺だけお預けか」 「ちょっ!」  翠兄さんの細い身体は、ますます流さんに包まれていった。  翠兄さん……耳まで赤くして照れ臭そうなので、俺は茶室から丈の手を引いて出た。 「あの、お邪魔しました」 「ん、洋、もう一度呼べよ。俺たちのことを兄さんと」  流さんが晴れやかに笑っている。 「翠兄さん、流兄さん! 俺……大好きです。俺の兄さんっ」 「可愛いな~ 洋はれっきとした月影寺の四男だ。これからも末永くよろしくな!」   

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