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それぞれの想い 12

「美味しいか」 「あぁ、洋は珈琲は上手にいれられるようになったな」 「……珈琲はな」  離れのソファで、お互いに静かに見つめ合い、微笑みあった。  滅多に拝めない丈の白衣姿だった。  仕事の合間に抜け出して俺に会いに来てくれるなんて、今までの丈だったら、しなかったのでは? 「洋、私はもう気持ちを押し隠さないよ」 「ん……俺もだ」 「未来に夢を抱いてもいいんじゃないか……この私たちも」 「え……お前もそう思っていたのか」 「あぁ近頃、特にな」  ずっと俺たちが過去のヨウや洋月たちの希望であり夢だった。    俺と丈が力を合わせて、彼らの夢を実現させた。  彼らの夢が叶った今、今度は現世を生きる俺と丈も……未来に夢を抱きたくなっていたのだ。 「丈……俺さ、もっとお前といたい。こんなの間違っているか。翠兄さんたちが一時も離れず同じ場所にいるのが、正直羨ましい時もあるんだ。俺もお前と同じ場所にいたい」  丈に近づきたくて、医療関係の通訳や翻訳の仕事もした。だが少し想像と違った。同じ場所で仕事できる可能性は低く、翻訳の仕事が増えてヘトヘトになり、丈が帰宅しても気付かないことも多い。 「さっきね……父さんが翻訳したがっていた英国の書物を読んだよ。だからかな、丈とこうやって過ごせることは奇跡で……もう少しも離れて過ごしてはいけないと思うんだ」 「洋、どうした? それは……悲しい結末だったのか。離ればなれになってしまったのか、過去の私たちみたいに」 「いや……そうじゃない。でもそうなりそうだったから、怖くなった。彼らは何もかも捨てて一緒に生きる道を選んだよ。俺の希望は夢物語だと笑ってもいい」  丈が俺の頬を撫でる。 「馬鹿だな、そんなこと思うはずないだろう。私の方がそう思っていたのに」 「丈も……同じ事を?」 「だからさっき話しただろう。海里先生が使われていた病院が気になるんだ。設備は使えそうか、そこで開業できそうか」 「丈……!」  それだ! 丈が丈らしく、俺が俺らしく、二人が一緒にいられる道がある。 「その小説は洋のお父さんからのメッセージかもな。好きな人と一緒にいなさいと」 「う……っ、甘えたことを言っているのは分かっている。世の中の人は……皆、必死にそれぞれの仕事を頑張り、家族とゆっくり過ごせない日々を送っているというのに」  自分の申し出が……いかに甘えたことか、それは理解している。  だがどうしても堰き止められない想いだった。 「洋はもう何度も何度も……我が身を犠牲に生まれ変わり、私を探してくれた。私と繋がるために、屈辱を耐え忍んできた。だからもういいんだ。洋はもう二度と私の傍を離れるな!」 「丈の夢を教えてくれよ」  もう聞かずにはいられなかった。  教えて欲しかった。  丈の今現在の気持ちを――もっと、もっと! 「……洋が引き継いだ由比ヶ浜の洋館……あそこで海里先生の志を継いだ病院を開きたい。そしてそこで……洋は私の片腕となって、いつも傍にいて欲しいんだ。これは……贅沢な夢か」  

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