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それぞれの想い 18
「丈、その角を曲がって……」
「あぁ……ん? 似たような洋館があるな」
「そうなんだ。えっと奥の方だよ」
「了解」
海に面して2軒の白い洋館が建っていた。
「大正時代に建てられたそうだよ」
「成る程、道理で……クラシカルでいい雰囲気だな」
「あぁ」
確かに大正浪漫の香り漂う瀟洒な佇まいだった。
白い外壁の洋館で、大きな出窓と急勾配の切り妻屋根が印象的な造りだ。
入り口横に診療所として使っていた白木の看板があった。上から白いペンキで塗り潰されていたが、うっすらと緑色の文字が読み取れた。
『海里診療所』
私だったら『張矢診療所』か。いや思い切って親しみやすく『由比ヶ浜・丈《じょう》診療所』もいいな。
柄にもなく、先走った夢を見てしまった。
確かに、ここは海里先生の病院だった実感が、じわじわと湧いてくる。
いいな……ここは、しっくり来る。
きっとここが私の居場所になり終の住み処(職場)となる予感に包まれていた。海里先生がそうであったように、私もここで洋と暮らしたいという、強い願望が湧いてくる。
月影寺の離れと行き来して、生涯を穏やかに過ごしていきたい。
もう浮き沈みの激しい人生は……終わりにしたい。
まだ中も見ていないのに、決心はますます固まっていく。
「丈、中に入ってもいいか」
「もちろん!」
洋が鍵を出し、慎重に扉を開けると、中には白を基調とした診療所があった。海里先生はよほど白がお好きだったらしい。
入ってすぐが待合所で、奥に海里先生のデスクのようだ。
至る所にクラシカルなソファや椅子が並び、洋館のシンボル・出窓(※ベイ・ウィンドウ)の向こうには、朝日を浴びて煌めく由比ヶ浜の海が広がっていた。
※ベイウインドウとは、出窓のこと。花などを飾れ、外観のアクセントとなっています。
「最高だな」
「丈、気に入ったか」
洋が、おずおずと聞いてくる。もぞもぞと何かを手に持って……
「あぁ、とても」
「あのさ、これを羽織ってくれないか」
「ん? また白衣か」
「海里先生のなんだ。亡くなった人の白衣なんて駄目かな?」
海里先生の残した白衣だった。突如病に倒れ、ここを去ったと聞いた。
故人の白衣からは……まだ残る……彼の意思を感じるな。
「いや、ここで医院を開くのなら……海里先生の想いも継げたらいいと思っているから大丈夫だ」
「良かった! 丈がそう言ってくれて嬉しいよ。実は……おばあさまが一度ここを整理しようと思ったらしいが……海里先生が誰かを待っているような気がして、整理できなかったそうだよ」
「……そうなのか」
分かるような気がする。
待っていたのは私? まさかな……
「流石に埃っぽいので、外ではたいてくるよ」
「あ、そうだよな。ごめん」
「いや、羽織ってみたい気持ちは同じだ」
どうやら、洋はかなりの白衣が好きらしい。
なので、少しでも見せてやりたくなった。
私は洋にはかなり甘いからな。
外に出ると、目の前が海で、最高の立地だった。
どんな別荘よりもいい場所だ。
白衣を風にはためかすと、さっきのブランケットと同じで、白い羽のように見えた。
「海里先生……私が継いでも? あなたの心残りを……」
優し風が頬を撫でてくれた。
空を見上げると、私の申し出が受け入れられたような気がした。
白衣を羽織り、聴診器もかけてみた。
「継がせていただきます」
すると背後から、切羽詰まった声で……呼ばれた。
「海里……!」
とても驚いた声、震える声だった。
誰だ?
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