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それぞれの想い 24

「いってらっしゃい!」  病院の駐車場。  運転席から明るく送り出すと、丈が眩しそうに目を細めて、俺を見下ろした。 「洋、気をつけて」  丈の手には海里先生の愛用されていた聴診器が、確かに受け継がれていた。  朝から由比ヶ浜に行ったせいなのか。  何だか離れ難い。 「なぁ……今日は迎えに来てもいいか。丈の車は家だし」  もうじっと家で待つだけでは嫌だ。だから思い切って俺もずっとしたかったことを申し出てみた。 「嬉しいよ。頼む」  丈が俺の肩に手を置いて、男気たっぷりに微笑んでくれた。 「了解!」  男らしい会話だった。丈もお嫁さんに頼むような雰囲気ではなく、俺を対等の同士のように見つめてくれるのが、嬉しい。 「俺たち一皮剥けたようだな」 「あぁ……脱皮したんだろうな」 「何から?」 「……過去から!」 ****  洋に見送られて病院に入った。  今日から忙しくなるぞ。  開業となると先輩にノウハウを仰ぎたいし、資金繰りのことも考えねばな。  それから今予約の入っている手術はもちろんこなすが……その後は受けない方がいい。早めに人事に相談すべきか。  私は勤務医でずっとやってきた。実家が病院でないので、私は定年まで勤務医で行くつもりだったが、ここに来て考えが大きく変わった。  洋と病院をやっていく。  洋と過ごせるだけでなく、一緒に働けるのだ。  海里先生がそうであったように、診療所が我が子のように愛おしくなるだろう。  愛を育て、診療所を育て、地域の人の支えになっていきたい。  そんな夢を……空を駆ける虹のように、綺麗に描けていた。 「丈先生、なんだか太りました?」 「ん?」  ナースステーションに入るなり、第一声がこれだ。やれやれ……   「違うか~ あ、急に貫禄が、そうだ! 聴診器を替えました?」 「なかなか目敏いね。これは大切な先生の遺品でね」 「味が出ていて素敵ですね」 「ありがとう」  なんだ、見る目はあるのか。  穿った目で見てしまい悪かったな。 「ふふふ、じゃあ~今度外でランチでもどうですか♡」 「いや、いい」  やはり洋が心配するのも無理ないか。  鏡に映る私の顔。  洋には昔も今も変わっていないように見えるか。  洋は歳を取るのを忘れたかのような美貌を振りまいているが、私はどうだろう?  少し前までは笑顔がぎこちない陰湿な雰囲気だったが……うーむ。 「いい笑顔ですよ。丈先生もやっと自分に自信が持てるようになったんですね」 「……ありがとう」  的は射ているのか。  確かに最近の私は自信を持っている。過去からの運命に押し潰されそうだった私はもういない。  そんな運命や縁は関係なくとも、洋を愛している。  当たり前だが、しっかり確信を持てるようになった。  だから眠っていた……朗らかな私を受け入れた。  するとようやくこの歳になって、自分というものが完成したのだ。 「丈先生もそろそろ開業ですか」  年配の看護師に話かけられた。 「え……?」 「開業間近の先生は、皆そんな表情を浮かべていますよ」 「そうか……どんな顔だ?  「豊かな顔です。ご自分が何物か知り、自分に自信を持っています」 「そうか……ありがとう」 「開業される時は、私を雇ってくださいませ。私もそろそろ……ゆったりと町の人と触れ合っていきたいんですよ」  笑窪の浮かぶふっくらした看護師の笑顔は、母の灯のようだった。 「その時は、是非頼むよ」 この人なら、きっと洋を受け入れてくれる。  そんな予感だった。

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