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それぞれの想い 26
「犬じゃありませんよー! 僕は人ですよ-、わおーん!」
思わず吠えてしまい、また皆に笑われた。
「ははっ、遠吠えって奴ですか。小森さんって面白い方ですね。あのっ、今日からいろいろ教えて下さい」
洋さんがぺこりと頭を下げてくる。
「小森くん、じゃあ……おまんじゅうを買ってくるから、洋くんにいろいろ教えてあげてね」
「住職、きっとですよ」
「約束しよう」
「はい~♫」
「翠、会場まで送るよ」
「ん……流ありがとう」
あれ? いつもなら住職と呼ぶのに、今日は「翠」と? 僕が風邪をひいて寝込んでいる間に、皆、心境の変化でもあったのかな?
でも、やはり信じられないなぁ。どういう風の吹き回しだろう? いつもなら離れで隠居生活をしている洋さんが(おっと老人みたいな言い方で失礼しやんす)手伝うって、これって夢ではないよな?
むにぃぃ~
「イテテ」
頬をつねってみたら、ちゃーんと痛かった!
いずれにせよ、僕が矢面に立たずに済むのはラッキー!
と、ところが喜びも束の間だった。
洋さんって目が覚めるような美人なのに、おっそろしく不器用だ!
知らなかったよぉ~!
「あぁ! 洋さん、それ、インクの色が違います! 逆ですよ~」
「わー 洋さん、お守りの袋を入れる度に、いちいち破かないでください」
「わー、わー、洋さん げげげ、墨をひっくりかえしたんですかぁ……」
ガクッ、つ、疲れた……。とりあえず、そろそろ受付開始しないと。
結局僕は洋さんの付き人のように、その場から離れることは出来なかった。
「ごめんね。小森くん、俺……やっぱり向いてないね」
「いや、その……あぁもう人が来るので、このままやるしかないです」
「そうだね。墨をこぼしちゃったのはどうする?」
「そこは向こうから見えないので、あとで拭きますっ!」
「……すまない」
子猫のようにしゅんとされると、まるで俺が意地悪しているみたいで、ビシバシ冷ややかな視線が飛んでくる。
「ねねね、あの人って男性よね。す、すごい美形……! あんな人いたかしら?」
「ちょっとご住職様に似ているわ。あーん、でも翠さまは……お留守なのかしら?」
「でもレアキャラを見られてラッキー」
おっと聞こえますぜ~奥様方。月影寺の輝夜姫(勝手に呼ばせてもらいます)に対して、そんなカードゲームのような言い方をしていいのですか。
「小森くん、ここに文字を書けばいいのかな?」
「そうですけど、大丈夫ですか。無理なら今日はゴム印で対応でも」
「大丈夫だよ、書ける!」
『月下清浄』
「これね、一度書いてみたかったんだ」
ほえぇ? 洋さんって、実はすごい達筆だ!
超不器用とのギャップに驚いた。
「あのぅ、ここにお名前を書いて下さい♡」
「え? 何でしょうか」
「あなた様のお名前をここに、御利益ありそうです」
何の御利益かな? 綺麗になれる御利益なら、僕も欲しい!
まるでサインを強請られたアイドルのよう、長蛇の列が出来ていた。
やったぁ! 本日はお日柄も良く、商売繁盛で何より! (仏様に叱られる~)
****
「翠はさぁ、小森を甘やかし過ぎじゃねーか?」
「どうして?」
「まんじゅうばかり与えて、あいつ最近太ってきたぞ」
「そうかな? でも、まんまる和尚さんって可愛いよね」
助手席の翠が、楽しそうに笑った。
翠は……猫と犬が大好きなのだ。これはもう密かに飼いたいと思っているに違いない。だがペットの世話をするような時間がないから諦めているようだ。だから、余計にワンコ小森を可愛がっているのは知っている。あいつは犬の化身とでも思っておくか。害はない。生まれながらの善人で凡人だ。
「あぁいう明るい奴が、ひとりくらい月影寺をうろうろしていてもいいだろう」
「流もそう思う? 僕もそう思っているんだ。なぁ……普通っていいね。劇的なことなんてなく、毎日平穏無事が一番だよ」
翠が言うと迫るものがあるな。
翠も俺も、丈も洋も……背負ってきた物が多すぎる。
これからは……荷を下ろして、もう少し軽やかに生きようじゃないか。
俺たちの人生は、俺たちのものだから!
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