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託す想い、集う人 1

「白江さん、どうしたんですか」 「雪也さん、ごめんなさい。なんだか待ち遠しくて、一人であのお屋敷にいるのが落ち着かなくて……」 「お気持ち、分かります」    朝早くから、白江さんが訊ねて来た。  白江さんは薄化粧をし、レースのついたオフホワイトのワンピースを乙女のように着こなしていた。どんなに歳を重ねても、彼女の上品で優美な佇まいは変わらない。  ずっと……憧れの綺麗なお姉さんだった。  白江さんには双子の愛娘がいた。旦那さんは婿養子だったのであまり人前に出てこない上に海外赴任も多かったので、ご近所付き合いのあった冬郷家が子育ての手伝いを全面的にバックアップした。  海里先生も兄さまもとても子煩悩だった。僕の息子や孫も可愛がってくださったが、それより前に白江さんの娘を溺愛していた。  白江さんの長女の朝さんは活発で、次女の夕さんは大人しかった。朝さんは庭師のテツさんと執事の桂人さんが世話することが多く、夕さんは海里先生と兄さまによく懐いていた。  夕さんは、その名の通り夕暮れ時のような少し潤んだ切ない瞳をした美少女だった。あの夕さんの息子さんとここに来て出逢うなんて信じられない。  病弱で引っ込み思案の夕さんが駆け落ちしてしまったこと自体驚いたし、それ以降消息を絶ったことも寂しい思い出だったが、まさかここで再び縁が繋がるとは嬉しい。 「あのね、雪也さん、今日……孫の洋が連れてくる中に、海里先生と縁が深い人たちがいるのよ」 「えっ、海里先生と?」 「そうなの。彼らは柊一さんにも会ったことがあるそうよ」  その言葉に、胸の奥が切なく疼いた。  海里先生が亡くなり、まさか兄さまが3年後に逝ってしまわれるとは想定外だった。二人揃って……早すぎる他界だった。  僕の心臓は手術をしてから、こんなにも元気に動いているのに、まさか兄さまが……急性心筋梗塞で逝ってしまうなんて。 「雪也さん、大丈夫? 柊一さんのことを思い出してしまったのね」 「えぇ、あまりに早すぎたので」 「分かるわ……私と同い年なのに……柊一さんったら、海里先生に早く逢いたくなってしまったのね」 「そうですね、きっと……」    残された人々がどんなに悲しかったことか。だからこそ生前の兄さま達と縁があった人と巡り会えるのは嬉しい。  兄さまは海里先生と結婚してから、人生の大半を白薔薇の屋敷と、由比ヶ浜の洋館で過ごしたので、柊一兄さまを知る人は極端に少ない。ここにいる人たちと、あとは英国にいる瑠衣とアーサーさんだけだ。 「白江さん、今日は僕にとっても大切な日になりそうです」  懐かしく寂しい……記憶を辿ってみた。  海里先生の旅立ちが迫る頃、二人の会話を僕も近くで聞いていた。 『海里さん、由比ヶ浜の診療所はどうしますか』 『悪いが……あのままにしておいてくれないか』 『ですが……』 『大丈夫。いつかきっと息を吹き返すよ。俺がいなくなっても繋いでくれる人がいるような気がしてね。だから我が儘を言ってもいいか』 『海里さん、それは我が儘なんかじゃありません。僕もぜひそうして欲しいです。白江さんには前払いで家賃を払っておきます』 『そうしてくれ……柊一、君に寂しい思いをさせてすまない』 『うっ……そんなことありません。僕は海里さんと結婚してから、ありったけの愛を捧げられました。これからもそれは変わりません』  駄目だ。思い出したら泣けてくるよ。    兄さまってば……本当に海里先生が大好きで大好きで溜らなかったのですね。  兄さまが大好きだった海里先生との思い出が詰まった由比ヶ浜の診療所は、夕さんの息子さんに相続されましたよ。  海里先生と兄さまが……実の娘のように愛した夕さんとの縁が続いていくのですね。  それがとても嬉しいです。  だから……今日これからやってくる全ての人を、僕は受け入れられます。  

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