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それぞれの想い 35

「ところで翠。さっき小森が言っていたことだが……」 「あぁ……まぁあれはあれで、良かったんじゃないかな」  御朱印受付の人が途切れたところで、翠に思い切って聞いてみた。    「じゃあやっぱり……小森にとっては幻のモテ期で、ぬか喜びだがな」 「でも本人も喜んでいるし、それに今頃、小森くんはきっと最中の虜だよ」 「ははっ! 翠は余裕だな」 「まぁここは寺だしたまにね。御朱印を取りに来た子……あの子もあれで浮かばれたんじゃないかな」 「やっぱり翠には見えたのか」 「まぁね……可愛い高校生だったし、もう成仏したので、害はないよ」  **** 「小森くん、そんなに急いで食べたら、危ないよ」 「ゲホッ! あーん、洋さんも翠さんみたいに優しいんですね」 「そ、そうかな? でも良かった」 「何がです?」  洋さんが僕を見つめて胸を撫で下ろしているので、聞いてみた。   「いや、小森くんってば、誰もいないのに御朱印を頼まれたって……大丈夫かなって。さっきの話……彰さんって本当にいたんですか」 「え? だってちゃんと渡しましたよ」 「そうなんですね。じゃあ……まぁ良かったと思います」 「えっ、まさかのまさか? じゃ、ないですよねぇ~ あーんせっかくモテ期到来だと思ったのにぃ~」 「わ! 泣かないで下さい。あ、お饅頭も食べます?」 「ワン! 食べる!」  パクパクっ!  最中にお饅頭まで美味しいなぁ。今日の住職は大盤振る舞いだなぁ~ 何かいいことでもあったのかな。  **** 「洋? どうした? 爪に墨がついているぞ」 「あれ、よく洗ったつもりなのに……落ちなかったのか」 「日中何をした?」  丈が俺を洗面所の連れて行き、爪にブラシを当ててくれた。 「寺の手伝いをしてみたんだ……その、御朱印を書く手伝いをね」 「洋が? あぁ、だからこんな所に墨を……で、どこに零したんだ。墨は厄介だぞ。落ちないかも……」 「え? なんで分かるの?」 「さぁ正直に言え」 「う……その、床とズボンに墨が飛んじゃって」 「やれやれ、洗ってやるから全部出してみろ」  小さな子供みたい、しょんぼりだ。  俺ってどうしてこんなに不器用なのだろう。 「これは……また派手に汚したな」 「ごめん、これでも洗ったんだよ」 「墨は洗剤だけじゃ無理だぞ」  丈が洗剤と石鹸をブレンドして洗ってくれると、完璧とは言えないが結構落ちたので感激してしまった。歯ミガキ粉とか白いご飯粒とか裏技があるらしい。 「丈、ありがとう」  嬉しくなってふわりと抱きつくと、丈も笑ってくれた。 「どれ? 爪をもう一度見せてみろ」 「もう綺麗に落ちたよ」 「そのようだな。洋が汚れているのは私が許せない」 「も、もう。照れるよ。丈……」  洗面所で、軽くキスをしあった。 「ん……そうだ。俺の書いた御朱印帳を見てくれないか」 「あぁそうだったな。しかし洋、あまり顔を見せるなよ。お前の美貌が漏れるのは心配だ」 「あ……あぁ」  とても長蛇の列になったとは言えないな。 「へぇ、洋は字が綺麗だと思っていたが毛筆も達筆だな。習っていたのか」 「あ、そういえば俺……習い事には行かせてもらえなかったが、母さん自ら手解きしてくれて」 「だからなのか。お母さん譲りなんだな。そうだ、今度白江さんにも贈ったらどうだ?」 「丈! 本当にそう思ってくれるのか」 「洋の得意分野発見だな」 「嬉しいよ。俺……不器用でアクセサリーも作れなくて流さんにお願いしてしまったし……少し自分に嫌悪感が」  丈が俺を抱きしめ、髪を撫でてくれる。気持ちいい……。 「馬鹿だな。洋自身が白江さんにとってかけがえのない贈りものだ。こんなに美しく品のある優しい孫はいないよ」  丈の言葉が、俺に自信を与えてくれる。  俺の存在意義を教えてくれる。 「丈先生は手術の腕前だけでなく、言葉も巧みだな。俺……すごくいい気分になってしまった」 「じゃあ、そのまま俺に抱かれてくれるか」 「あぁ……喜んで」  再びシーツに戻り、寝室の灯りを消す。  ベッド上のスポットライトを月光のように浴びながら、今宵も丈と身体を重ねよう。    週末は、皆で俺の母の実家に行こう。  それぞれの想いを抱いて……!                      「それぞれの想い」了

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