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ある晴れた日に 3
「流、いい加減に起きないと、寝坊だよ」
翠の澄ました声に、飛び起きた。
頭がズキズキして、ぼんやりとしている。
「流、お酒臭いね」
「ええっ!」
そんなつれないこと言うなよ~ 翠。
慌てて飛び起きると、酷い有様だった。
「ふっ、髪がボサボサだよ」
「翠、いつの間に起きたんだ?」
「とっくに起きているよ。何時だと思って?」
「え?」
時計は八時を示していた。いつも五時に起きるのに、こんなにぐっすり眠っていたなんて。
「丈は?」
「それがね、丈も寝坊して、さっきバタバタと出掛けて行ったよ」
「そうか」
昨日、月見台にて、三兄弟でゆったりと酒を酌み交わした。どうやらそのまま、離れの茶室で雑魚寝をしてしまったようだ。
昨夜……月光を浴びながら、翠が宣言してくれたこと。俺が誓ったこと。
全部ひと言も漏らさずに覚えている。
末の弟が、俺たちを見て心底嬉しそうに微笑んでくれたこと。
その弟の前で誓いの接吻をしたのもまざまざと覚えている。
昨夜の翠は格好良く、そして可愛い人だった。
時に大胆に凜々しくリードして、時に俺の中で震える小鳥のようにもなる。
本当に魅力的な翠。
「さぁ、起きて」
「あっ、もう、着替えもしちまったのか」
「流はぐっすり眠っていて……でも、珍しいね。いつも僕より先に起きるのに」
「そうだな」
こんなにぐっすりと眠れたのは、いつぶりだろう。
翠がこの寺に戻ってきてから、翠の世話をしたくて翠よりも早く起き支度を調えていたのに。
なにか気が抜けた? いや吹っ切れたのかもしれないな。
「天つ風を扱えるようになったのかもな」
「ん?」
「空高く、天を吹く風に乗っている気分だ」
「何を言って? もう行くよ」
「駄目だ。行くな」
袈裟を着た翠が俺を覗き込んだので、その細腕を引っ張って布団に捲き込んでやった。
『天つ風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ』
古今和歌集 百人一首12
※空を吹く風よ、天女が通る雲の道を閉ざしておくれ。素晴らしい舞を舞い終わった天女たちを、もう少し地上にとどめておきたいから。
翠の身体をギュッと力を込めて抱きしめると、焚いた香がふわりと溢れ出た。
「睡蓮の香りだな。今日は……」
「うん……流が起きてくれないから、寂しかったよ」
ほろりと漏らしてくれる、可愛い本音。
本当に可愛い兄だと愛おしさが増す朝だった。
「悪かったよ」
「今日は、僕が着替えさせてあげる、僕にやらせて」
「え……」
おいおい朝からそんなこと言って良いのか。
俺の半裸を見て、理性を保てるのか。
翠はやはり大胆だ……天然のな。
****
私としたことが大遅刻だ。
しかも茶室で兄二人と雑魚寝をするなんて信じられない。
肩や腰が痛むが、それを上回る達成感だった。
一度でいいから……兄と酒を酌み交わし語りあって、夜を明かしてみたかった。
それが叶ったのだ。
この高揚する気持ちを一番に伝えたい。
愛しい洋に……
今すぐ迎えに行きたい気持ちを抑えながら、モーニングコールをした。
すると洋の声があまりに幸せそうだったので、ギリギリまで祖母宅で過ごして欲しいと願い、夕方迎えに行くことにした。
洋……
君も変わったな。
私が変わったのと同様に。
二人の変化は、揃って明るい方向を向いている。
それが嬉しくて溜まらない朝だった。
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