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ある晴れた日に 4

 夜も明け切らぬうちに、自然と目覚めた。  暗黒の世界から這い出てきたように……深い眠りから目覚めたように、僕の頭の中はすっきりとしていた。  窓を開け、澄み切った空気を深く吸い込むと、まるで生まれ変わったような心地になった。  やがて東の空が明け、ゆっくりと大地が動き出したので、暗闇の世界に差し込む光を、目を閉じて浴びた。  遠い昔、流水さんが臨終の際に見たのも、このような夜明けだったのでは?  朝日が僕の胸を貫いた時、僕は……僕の前世、湖翠さんではなく、流水さんの心を知った。 ……  ※  兄さん。  いつか俺たちにもこんな夜明けが来る。  そう信じている。  夜明け。  夜明けを目指すのだ、今度は。  絶対また逢いにいくから。  待っていてくれ。  必ず一番近いところに産まれるから。  今度こそ、結ばれよう。  俺たち……幸せになろう。  暁から東雲《しののめ》へ。  そしてやがて曙。  次々と美しく色づいていく世界を夢見て  光に向かって、手を必死に伸ばした。  未来を掴みたくて……  俺は光の中に溶けていく。  夜明けに身を溶かしていく。  さよなら……  兄さん。  心の奥底の……俺の本当の心を告げたい人はあなただけ。  あなたは俺が生涯でただ一人愛した人。  俺が次の世でも愛する人。    湖翠。  必ずまた逢おう。 ……   まだ深い眠りについている流の寝顔を見つめると、自然と笑みが零れた。 「流……お前の望みは成就された。ちゃんと出逢えたな。僕たちは光を潜り抜け、また出逢えた。そして今度は相思相愛で、解けない程きつく結ばれたんだよ。だから、今は安心して……もう少し眠れ」   その隣で、同じように規則正しい寝息を立てて眠る丈の額にも、そっと触れた。 「お前の寝顔を見るのは、いつぶりだろうね。丈は僕の人生を開く鍵だった。月の使者のような弟……全部、道が開けたのは、お前のお陰だよ。ありがとう」  僕は、弟たちの安らかな眠りを妨げなくて、弟たちを守りたくてそっと茶室を抜け出した。 少しだけ流に着替えさせてもらえないのが寂しかったが、今日はこれでいい。  隣の衣装部屋でするりと浴衣を脱ぎ捨て、そっと胸元の火傷痕を鏡に映した。 「もうすぐ……消してもらえる。流、待っていておくれ」   ※ 『夕凪の空 京の香り』 心根 12より引用  https://estar.jp/novels/25570581/viewer?page=148 **** 「ようちゃん?」 「あ、ごめんなさい。ぼうっとして」 「ふふっ、あまりに似合うので見惚れていたのね」 「え? いや……そんな」  おばあさまに図星をつかれて、ドギマギしてしまった。  俺は、こんなに優しい顔だったか。こんなに頬の血色は良かったか。  俺……今、とても幸せなのだ。  客観的にそう感じると、鼻の奥がツンとして涙が零れてしまった。 「うっ……うう……」  同じ血が流れる祖母の愛情が降り注ぐのが、眩しい程だ。  身体が歓喜に震える。 「ようちゃん、まぁ、どうしたの? 泣いているのね」 「うっ……」 「いらっしゃい、いい子……いい子」    祖母が俺を抱き寄せてくれる。 「もう、大丈夫。もうここは……安全よ」  祖母の声は、母の声でもあった。  祖母が俺を通して母の面影を見つめるように、俺も祖母の中に母を探していた。  祖母の中に、母を見つけた。  だから……幼い頃、俺がまだ両親にすっぽり守られていた頃に戻ったような心地になってしまった。 「ママ……ママ……かなしかった。さびしかった……すごく……こわかったよ」  

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