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身も心も 16

 その晩、パジャマの上に羽織っていたジャージと一緒に眠った。  一人は怖い、流がいないのは寂しいのが本音だ。  そんな寂しさを抱きしめたジャージから漂う流の気配が埋めてくれるようで、慣れない病院のベッドで気が付いたら眠っていた。  そして朝、手術着に着替えて座禅を組んでいると、白衣の男性の気配がした。  一瞬、海里先生が入ってきたのかと思った。 「海里先生……?」 「翠兄さん、おはようございます」 「あ、丈か。ごめん」 「いえ、この白衣は海里先生のものです」 「やはり……かつて、よく見ていたから覚えているんだ。胸元の白薔薇の刺繍が綺麗で」 「私が引き継ぎました。先生の遺志ごと……」 「嬉しいよ。僕の弟は本当に頼もしいよ」  丈自ら、僕の血圧や体温を測ってメモしてくれる。  その様子を見つめていると、幸せな気持ちになってきた。 「丈、ありがとう。いよいよ今日だね」 「はい、緊張しています」  いつもなら絶対に弱音を吐かない丈が、僕に本音を見せてくれたことに感激した。 「丈……大丈夫だ。丈の腕は、洋くんのお墨付きだろう」 「……はい、その……洋も出掛けに何度も励ましてくれました」  丈が照れ臭そうに答える様子が、なんだか可愛く見えてしまうよ。 「丈は努力家だ」 「……知っていたんですね。私は天才肌ではないんです。努力してここまで来ました」 「僕もだよ。僕たちは似ているんだよ、丈は紛れもなく僕の弟だ」 「兄さん……頑張りましょう。今日は」 「うん、一緒に頑張ろう!」  そして今……手術台に向かって歩いている。  肩を並べて歩く流が、心配そうに呟いた。 「兄さん、大丈夫か」 「大丈夫だよ。そんな大手術でもないし……流、綺麗に消してくるよ」 「あぁ、応援している」  あの日植え付けられた悪意が……僕の身体をこれ以上侵食する前に、僕の意志で取り外すのだ。  これでもうお別れだ。  そう思うと、清々しい気持ちになっていた。  仮に今後万が一、克哉とすれ違っても、この傷がなければ、僕は凜としていられる。  僕が僕を取り戻すために、自分から望んだことだ。  頑張れ、翠。  自分を鼓舞し、手術台に横になった。  やがて丈がやってきたので、アイコンタクトを取った。 「では、手術を始めますよ」 「よろしくお願いします」  僕は目を瞑り、眠りに落ちていった。  目覚めるのを楽しみにしている。  きっと何もかも生まれ変わった気分だろう。  あの日アイツから逃れるために、見えない目で走り抜けたボロボロの僕はもういない。   僕には辿り着く場所がある。  今日まで流と過ごした日々が愛おしい。  そして目覚めた瞬間から、これから過ごす日々が愛おしくなる。  待っていて。  僕の帰りを待っていておくれ。  

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