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身も心も 20

 古い木箱を開ける度に、新鮮な気持ちになっていた。  俺の丈だが、俺の知らない丈に会えるから。  俺と出会う前の丈のこと……もっともっと知りたいよ。 「ふふっ、洋くん、これも見て」 「はい」 「丈が三歳の頃かしら、かなりレアよ」 「あっ」    幼い丈が、悔しそうにポロポロと泣いている。    意志の強そうな目に、涙を浮かべて。  その横に丈を守るように立っているのが翠さんで、反対側には流さんもいる。翠さんも流さんもまだ小さいのに、今の雰囲気のままだ。 「これはね、丈がオネショしちゃって、悔しがっているところよ」 「丈がオネショ?」  全く想像できないな。 「そうよ。子供なら誰でもするでしょう」 「……記憶にないですが」 「……そうなのね。もしかして記憶から消しちゃったの?」 「そうかもしれません」  古びたカラー写真の中で、翠さんが優しい眼差しで丈の涙を拭い、流さんはわざと、おどけた表情で励ましているようだった。  丈だって、ちゃんとお兄さんたちから愛されていたんだよ。  そう伝えたくなるハートフルな写真だった。 「いい写真ですね」 「ありがとう。三者三様、性格は違えども根っこは同じだって、この時思ったのよ。その写真、あなたにあげるわ」 「いいんですか」 「洋くんから、丈に見せてあげて」 「はい!」  どんな宝石よりも力強く輝くのが、楽しく優しい思い出だ。 「洋くんの小さい時の写真も見たいわ」 「俺のは残念ですが……ないと思います。小さい頃のものは処分されてしまったので」  義父と再婚した時、過去を匂わすものは殆ど処分させられた。だから……こういう何気ない日常を写した写真はなかった。 「そんなことないわ。お母様、きっとどこかに隠したはずよ。探したことはないの?」 「そういえば実家の母の部屋のクローゼットからトランクを見つけ……そこから母の手紙や祖母の手掛かりを……」 「じゃあ、きっとその付近にあるわよ」 「そうでしょうか」 「母親ならどうしたって捨てられないわ。我が子の成長の大切な記録ですもの」  そういえばあれ以来、俺の実家には足を運んでいない。 「翠さんのことが落ち着いたら、安志のおばさんにも挨拶したいので、一度行ってきます」 「そうね、もし見つかったら見せてね。そうだわ、洋くんスマホを持っている?」 「はい?」  ポケットから取り出すと、お母さんが写真を撮るジェスチャーをした。 「それで私を撮って」 「あ、はい!」  胸が高鳴った。  お母さんを撮影するなんて……経験がないのでドキドキしてしまう。 「撮りますね」  カシャ――  小気味よい音が、縁側の日向に響く。 「ありがとう」 「次は洋くんを撮ってあげるわ」 「あ、はい……」  ずっと写真を撮られるのは、大の苦手だった。  いつも勝手に悪意に満ちた目で撮られたから。  しかし今は違う。     懐かしい……母の愛に満ちた眼差しを浴びている。  カシャ――  それは、とても、とても優しい音色だった。 「最後は二人のツーショットよ、丈が妬くかしら、ふふふ」 「え……」 「ほらほら、もっとくっつかないと入らないわよ」 「あ、はい」 「もう、はみ出ちゃ駄目よ」  俺とお母さんは顔を近づけて、写真に収まった。 「見せて」 「はい」 「綺麗に写ってるわね、お兄さんたちに送ってあげて、きっと安心するわ」  お母さんはすごい。  俺を三兄弟の輪の中へ、自然に入れてくれる。 ****  手術後の翠は、ベッドで眠ったり起きたりを繰り返している。     もう呼吸は落ち着き、顔色も良い。  夕焼け空を病室の窓から眺めていると、スマホに着信があった。 「洋くんから? 珍しいな」  写真が添付されていたので開くと、洋くんの横に母がちゃっかり写っていた。 「おいおい、ピースなんてして……母さんは何をやってんだ? くくっ、洋くんは嬉しそうな顔をしているな」  メッセージも添えられていた。  ……  翠さんの手術成功良かったです。  今日は月影寺のことは、俺に任せて下さい。  お母さんと過ごしていますので、どうかギリギリまで、傍にいてあげて下さい。  ……   洋くん……君は頼もしくなった。  頼りにしているぞ。  あの日、丈が連れてきた儚くか弱い青年は、月影寺で息を吹き返した。  彼は月日を経て……月影寺にしっかり根付き、俺たち兄弟の頼もしい末っ子になってくれた。  もっと彼と話してみたい。  もっと打ち解けて行こう。  まだまだこれからだ。  生まれ変わった翠を連れて帰るから、待っていてくれよ。

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