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身も心も 21

 翠兄さんの手術が終わった時点で、すぐに洋に電話をした。  洋が手術の成功を自分のことのように喜んでくれたので、緊張感と疲れが一気に和らいだ。  こんな日は男なら、精力的に愛する者を抱きたくなる。  そんな逸る気持ちで帰り支度をしていると、洋からメールが届いていたのに気が付いた。 「……珍しいな」  寂しくてもじっと耐えることに慣れている洋は、日中は私の仕事を気遣ってなかなか連絡をくれない。私の方は、いつでも両手を広げて待っているのに。  嬉しい気持ちで確認すると…… 「なんだ? これは」  一枚目は母だった。  もう六十代なのに少女のようにピースなんてして、嬉しそうに写っている。  二枚目は洋だった。  いつになくはにかんだような優しい笑顔を浮かべている。  そうか、ふたりで写真を撮り合ったのか。  微笑ましいな。  三枚目はツーショットだった。  二人が頬がくっつくほど近づいて、一枚の写真に収まっている。 「洋は……洋は……もう……すっかり母の息子だな」  月影寺に連れてきて良かった。  ソウルから帰国する時、どこに行こうか……実は散々迷ったのだ。  私達を誰も知らない北の国で過ごそうか。それとも南の国にしようか。  洋と私、当時は……それで世界は完結していたから、洋以外の人なんて不要だと思っていた。洋には私だけがいればいい。洋は私なしでは生きられないのだから、私が洋のすべてを包み込む。そう……意気込んでいたのだ。  今思えば、かなり重い愛だったな。  今でも充分重いという自覚があるが、私も洋もこの数年で大きく変化した。  人と交流することに喜びを見い出し、家族という温もりを知った。  最愛の人と幸せを分け合う喜びも学んだ。  思い返せば、あの日が分かれ道だった。  帰国先に迷い、最後に頼ったのは、実の兄……翠兄さんだった。 『もしもし……』 『丈、丈なのか! 今どこにいるんだ?』 『……事情があって遠くに来ています』 『心配したよ。ずっと行方知れずになって……』  寺の副住職を勤めている兄の声に、嘘偽りはない。  ただただ、何所までも慈悲深い声で…… 『丈、もう帰っておいで』 『それが……私……ひとりじゃないんです。連れがいて』 『大歓迎だよ。丈が一人きりでなくて良かった』  兄は深いことは聞かずに、ただただ何度も『帰っておいで』と繰り返してくれた。  寄せては返す波のように、私は兄の誘いに身を委ねた。  最愛の人、洋と共に戻ろう。  私の故郷、私の家に……私の家族の元に。  今一度写真を見返した。  私の母と心から嬉しそうに写真に収まる洋を見て、あの日の決断は間違えていなかったと確信した。  さぁ戻ろう。  私の洋の元へ。  私の家族の元へ。  愛とは……何も恋愛だけではないのだな。  家族愛、兄弟愛……  どんな形でも、人と人とが心を砕いて関わることによって生じる愛が、大切なのだ。    

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