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身も心も 23
「さぁ、どうぞ」
「やったー ハンバーグだ。いただきます!」
「薙、おばあちゃまのハンバーグも美味しい?」
「うん!」
「あら? あなた、随分素直になったわね」
「えっ、そうかな?」
確かに薙は、この家にやってきた時とは別人のように素直になった。
翠兄さんのあの事件は二度と思い出したくないものだが、父と子の関係修復には皮肉なことだが、大きく役立ったようだ。
「あのさ、丈先生、父さんはどんな感じだった?」
「ふっ、薙に『先生』と呼ばれるのは初めてだな」
「……今日は、そう呼びたい気分だったんだ、悪い?」
今度は少しぶっきらぼうに愛想がなくなるのも、可愛いものだ。
「手術は成功し、兄さんは術後はとても落ち着いていた。私が帰るときも穏やかな表情で過ごしていたよ。治したいという強い意志がある人は、術後の回復も違うものだ。安心しろ」
「やっぱり先生から直接そう言ってもらえると嬉しいよ。丈先生……改めて父さんの手術してくれてありがとうございます」
箸を置き、薙がぺこりと頭を下げた。
「随分と、礼儀正しくなったな」
「ふっ、臨機応変にね」
翠兄さんの若い頃そっくりな綺麗な顔が、ふわりと綻ぶ。
薙はまだ15歳だが、思慮深さと大らかさの両方をバランス良く身につけたようだ。
「ただいま~」
玄関から大声が響く。
流兄さんが病院から帰ってきたようだ。
「あー 腹減った~」
「まぁ、流は子供みたいに」
「手を洗ってからよ」
「へーい」
これでは流兄さんの方が薙より子供みたいだな。
今日の月影寺には、賑やかで和やかな空気が流れている。
「丈……」
「ん?」
「何だかご機嫌だな。さっきからキョロキョロして」
「……そうか」
「いいんじゃないか。とても楽しそうだ」
洋に指摘されて、急に恥ずかしくなった。
「ははは、丈は私と似ているな」
「お父さん?」
「いや、今日はお前のことがよく見えてな」
先ほどから感じていたのは、父の暖かい眼差しだったのか。
「丈はあなたに似ていますよ。寡黙で……でもちゃんと見てくれているのよね」
母の一声に、胸がまた熱くなった。
だから普段口に出さないことを言ってしまった。
「じゃあ、私は父さん似ですか」
「性格はね。顔は兄さんたちのいいとこ取りよ」
「えっ」
「何驚いているの。流の派手な顔と翠の繊細な顔を足して二で割ると、エキゾチックになるんでしょ?」
「はぁ……」
それもまた意外だった。
物心ついてからずっと性格も顔も誰にも似ておらず、異邦人の気分だったから。
「腹減ったぁ~」
「まぁ、流が帰ってきたら騒々しくなったわ」
「お? 今日は母さんのハンバーグか」
「洋くんが沢山手伝ってくれたのよ」
「おー 誰かに作ってもらうのって幸せだな」
「コラ、ちゃんと『いただきます』は?」
「へいへい。いっただーきます。おー洋、美味く出来てんな」
流兄さんが洋の頭を遠慮無く豪快に、くしゃくしゃと撫でると、洋は擽ったそうに笑った。
「兄さん……」
それから噛みしめるように、そう呟いた。
このひと言に、場が更に和んでいく。
そんな様子を、私は椅子の背もたれに深く身を預け、ゆったりと見渡した。
正面に座る父を見ると、私と全く同じポーズでニコニコと辺りを見渡していた。
なるほど……確かに、私は父に似ているようだ。
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