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新春特別編 雪見の宵 3

「翠、疲れただろう。身体が冷えているな。先に風呂にするか」 「そうだね」  翠の視線は、窓の外だ。 「雪……あのまま降り続いたんだね」 「あぁ、粉雪だからあっという間に積もったな。今宵は雪を愛でながら酒を交わそう」 「どこで?」 「縁側に座って、ガラス越しに月見台に積もる雪を眺めよう」 「あぁ、成程……それはいいね」    何故か翠の横顔が火照ったので……不思議に思い、覗き込んだ。 「どうした?」 「い、いや」 「?」  そうか、翠は俺に抱かれることを意識しているのだ。  翠は俺に一刻も早く抱かれたがっている。 「まずは風呂に入れよ」 「……うん」  翠の袈裟をはらりと床に落とすと、素肌が汗ばんでいた。 「風邪をひくぞ」 「忙しかったから……結構身体を動かしたようだ」 「働き過ぎだ」  脱げば細身だが適度にうっすら筋肉のついた身体は、硬質な色気を放ち、即座に俺を惑わす。  まだ早い。  今宵は……湯で温め、酒で温めた身体を抱くつもりだ。  だから檜風呂に翠の身体を深く沈めてやる。 「流……僕の手術痕、また一段と薄くなったと思わないか」 「あぁ、よかったな」 「テツさんのクリームは万能だ。流の手の傷にも塗ってあげるよ」 「手?」 「ほら、小さい時に彫刻刀で切ってしまった傷がここにあるだろう?」 「よく覚えているな」 「あの時は、血が止まらなくて怖かった」  翠が俺を見上げ、湯船に一緒に入ろうと甘く誘ってくる。 「いいのか」 「当たり前だよ」  バサッと作務衣を脱ぎ捨てれば、翠の裸を見ただけで既に欲情しているものが露わになる。 「流……もうそんなに?」  翠は気まずそうに目を伏せるが、逃げはしない。  俺は掛け湯のあと、ドボンっと湯に浸かり、翠を大胆に抱きしめる。 「大晦日から三が日、つつがなく終わったな。お疲れさん」 「流にこうしてもらいたくて……頑張ったんだ」  翠が俺の胸板に背中を預けてくれるので、俺は腰に手を回して更に密着させてやる。  浴室の窓は三方が硝子張りなので、まさに雪見風呂だ。  少し天窓を開けてやると、雪がはらはらと頭上から湯船に舞い降りて来た。  しんしんと舞い降りてくる白い雪は、そのまま湯にスッと溶けていく。 「ここ……露天風呂みたいだね」 「ふっ、全部計算済みさ。何しろこの離れは、春夏秋冬、翠を愛でるために設計したからな」  白い雪が俺たちの熱で溶けていく様を見つめていた翠が、何故かほろりと涙を流した。 「ど、どうした?」 「ごめん。湯に浸かりホッとしたら……急に湖翠さんの思念が紛れ込んだみたいで……あの人は夕凪の空に紛れて、静かにこの世を去ったんだよ」 「そうなのか」 「流水さんは?」 「……朝日に消えたよ。朝日を掴もうと……あの世に旅立った」 「消えてしまうのは、怖いね」  翠が心細い顔で、俺を見つめる。  だから俺は翠の顎を掴んで、口づけをしてやる。 「雪が溶けても消えないのが、俺たちの想いだろう。雪をも溶かす熱い想いを抱いているのが、俺たちだ」  清らかな粉雪が翠の剥き出しの肩に触れると、すっと身体の熱で溶けていった。  雪は月影寺を包み込む。  静寂の森を見つめながら、俺たちは長湯しすぎた身体を冷ますために……月見台にせり出した縁側で酒を交わした。 「いつもの酒だ。それから、これは新作の酒器だ」 「すごいね、硝子の竹の形だ」 「そうだ、翠に似合うと思って誂えた」 「流に酔わせて欲しい」 「もちろんだ」  明日は正月の勤めが減るので、少しゆったり出来る。  俺たちはもうお互いに限界だった。  求めて、求め合おうじゃないか。  雪降る寺に積もるのは……愛だから。    しんしんと……最初は静かに俺たちは火照った身体を重ね、熱い吐息で互いを追いかけながら、身体を繋げて一つになった。  永遠に溶けない愛がここにある。  雪見の宵は、小夜更けて……                       新春特別編 雪見の宵 了

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