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蛍雪の窓 2

「洋くんも一緒に朝食を食べよう」 「え、でも……丈と済ましたので」 「朝早く、軽くだろう? 和食の朝食もたまにはいいよ」 「そうですね」  洋くんの顔を見ていたら、一緒に朝食を食べたくなった。 「流、洋くんの分もあるかな?」 「もちろん。最初からそのつもりだ」 「流石、僕の……」  つい気が緩んで、人前で機転が利く流を自慢したくなってしまった。   その先の言葉を口には出さずに、目で伝えた。  流には充分伝わったようで、目を細めてくれた。  洋くんも、僕の横で嬉しそうにしている。 食卓の和やかな雰囲気に、僕の心もすっかり凪いでいた。  寺の庫裏は、いつしか人が集う場所になった。   「さぁ薙の合格を祈願して食べよう」 「オレ、緊張してきた」  僕に似ず強気な子なのに……  僕も自分のことのように緊張している。我が身のように感じているよ。   「流に温かいほうじ茶を淹れてもらおうか」 「……あぁ」 「薙はさ、絶対に俺の後輩になれるよ。ドーンっと構えていけ」 「薙くん、自信を持って、英語は君の得点源だよ」  流と洋くんからも励ましを受けて、薙も次第に明るい表情になっていく。 「そろそろ時間だ」 「ん」  皆に見送られて、薙と二人で家を出た。  ここから先は、父と子の世界だ。  僕は普段あまり父親らしいことが出来ていないので、せめて受験の朝くらい駅まで送ってやりたかった。だから袈裟を脱いで……父の顔に近づきたかったのだ。 「着いたよ」 「……」 「どうした?」  僕はまだ時間があるのを確認して、最寄りの駐車場に車を停めて薙と一緒に降りた。 「えっ、父さん?」 「せっかくだから受験会場まで送るよ。いいかな?」  薙は無言で頷いてくれた。  以前だったら遮断されていた場所に、僕はいる。  江ノ電に乗り換えると、受験会場に向かう親子が他にもいた。  過保護かと思ったが、大丈夫そうだ。  僕自身は親に付き添ってもらった経験がなかったので、勝手が分からない。  電車の中で、薙の手が膝の上で小さく震えているのに気付いた。 「そんなに震えていたら、鉛筆が持てないよ」 「父さん……オレ……格好悪いよな」 「そんなことない。父さんも受験の日は同じだった」 「父さんも?」 「あがり症なのかも」 「そんな風には見えないのに」 「……強くなれるよう……鍛錬したんだ」 「そうなんだ」 「頑張っておいで。どんな結果でも大丈夫だよ。その時、その時で薙らしい道を見つければいいのだから」  精一杯、父として、エールを送った。 「父さん、ここでいいよ」  学校の正門が近くなると、薙はぴたりと立ち止まり僕にそう言った。  少しの寂しさが生まれる。  だが…… 「父さん、送ってくれてありがとう」  薙がさり気なく僕の手に触れて、僕の温もりを持っていってくれた。  残された僕は寂しくはなく、ただ薙が触れてくれた手の甲を温かく感じていた。  親子の温もりを噛みしめながら、僕はゆっくりと帰路に就く。  思い切って、学校まで送ってあげてよかった。  僕がして欲しかったことを、薙にはしてやりたかったんだよ。  月影寺が見えてくると、山門の脇に作務衣姿の流が立っていて、僕を見つけると、すぐに駆け寄ってくれた。 「翠、大丈夫だったか」 「くすっ、まるで僕が試験を受けてきた子供みたいだね」 「だがっ」  遠い昔……  受験を終えて家に戻ると、こんな風に流が待っていたのを思い出した。  ポッと心が灯るような安心感を、あの日も今日も抱いている。   「ありがとう、流。寒かったろうに……」  冷え切った流の手に、今度は僕がそっと温もりを届けた。

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