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蛍雪の窓 6 

 合格発表は、一人で見に行く。  最初から、そう決めていた。 「薙、本当に一緒に行かなくていいの?」 「見たらすぐに戻って来るよ」 「よーし、いよいよ薙が俺の後輩になるのか~ 楽しみだな」 「流さんは気が早いな。じゃあ、行ってきます!」  父さんは心配そうな表情を浮かべていたが、流さんは豪快に笑って背中を押してくれた。  今はどっちも好きだよ。  心配も励ましも、素直に受け止められるようになった。  心地良く感じられるようになった。  父さんと流さん。  二人が一緒にいてくれると、心が落ち着くんだ。  オレと東京で暮らしていた頃の父さんは、いつも心ここにあらずだった。  幼心に、敏感に感じ取っていた。だから父さんと母さんが離婚してからは、父さんに期待するのはやめた。そのせいで月影寺に戻ってきた当初は随分突っ張って、父さんに冷たくあたってしまった。  そんな矢先、あの忌ま忌ましい事件が起きた。  父さんの尊厳を大きく傷つけられたのに、最後まで気丈に身を挺してオレを守ってくれた。  あの姿が、今も忘れられない。  歩きながら、何度も巡らせた惨い過去に触れていると、拓人と会った。 「拓人もひとりか」 「あぁ、発表はひとりで受け止めたくてな」 「オレも」 「……一緒に行くか」 「そうしよう」  拓人も同じ高校を受験していた。 「いよいよだな。緊張するな」 「……うん」  校門を潜ると、足取りがズシッと重くなった。  校舎に貼り出された掲示には、既にもう大勢の人が群がっている。 「行くか」  瞬きを忘れて、数字を追う。  あ……あった!  受験番号は暗記していたが信じられなくて、何度も受験票と照らし合わせてしまった。 「薙、受かったか」 「あった! 受かった!」 「……良かったな。おめでとう!」 「えっ、拓人は?」 「……」  拓人の顔は、浮かなかった。 「……力及ばずだ。滑り止めの私立に行くよ」 「そんな……」  こういう時、どう返すべきか……オレは不器用だから分からない。 「薙……ごめんな。一緒に通えなくて」 「で、でも……達哉さんとオレの父さんの母校だろう」 「そうだな……達哉さんにまた負担掛けちゃうな」 「そんなことない。もう拓人と達哉さんは親子だろう」 「……サンキュ」    こんな風に道が違えることがあるのは理解していても、ずっと共に闘ってきた同志の拓人と同じ高校に通えないのは、やはり残念だった。 「俺……先に帰るよ」 「あ……」  拓人の背中は、明らかに寂しそうだった。 「拓人、待てよ! オレたち……高校が違っても友達だよな!」 「薙……ありがとう」  オレだけ受かるなんて……  少しの罪悪感を抱きながら、帰路に就いた。  それでも山門を見上げれば父さんと流さんの喜ぶ顔が見たくて、足取りが速くなる。  玄関で待ちきれずに、父さんを何度も呼んでしまった。 「父さん! 父さん……!」    そう言えば……幼稚園から戻ると、玄関で「パパ、パパ」と呼び続けたな。  儚げな父さんを、あの頃から不安に思っていたのか。 「父さん、受かったよ!」 「薙! 本当に? おめでとう!」  驚いたことに……父さんは私服のままだった。  驚いたことに……父さんが俺を躊躇いもせずにギュッと抱きしめてくれた。  こんなに積極的に、触れてくれるなんて。 「薙の努力が実って良かった。薙、頑張ったな」  手放しで褒められてくすぐったい。 「父さん、オレ……初めて……自分で行きたい方向を選べた」 「うん、希望の学校に通えて良かったね」 「学校だけじゃない」 「ん……?」 「ここにいたい。父さんの傍にいたい。月影寺の皆といたい」 「薙……」  父さんの瞳が潤んでいる。 「ここは……もうオレの家なんだ」    優しい胸に顔を埋めて、父さんの匂いを享受した。 「父さん、ありがとう……」    

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