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蛍雪の窓 10
「翠、そっ、それ、見せてくれよ」
「ふふっ、落ち着いて。そのつもりで見せているんだよ」
「お、おうっ」
翠は興奮気味な俺を見つめ、ふわりと寛いだ笑顔を見せた。
いいのか、もう、そんな風に笑えるようになったのか。
正直、翠の学ランには良くない思い出の方が多い。あの日高校の学園祭で女装するために学ランを脱ぎ、それがきっかけで、アイツに目をつけられ長い間悩まされたから。
だから、見るのも辛いものではないのか。
今だからこそ、聞かずにはいられない。
翠の本音を、本心を。
「翠……これを見ても、もう苦しくないのか」
「先日母に突然渡された時は流石にギョッとしたが、その後ね、ふと愛おしくなったんだよ。特にこの背中がね」
背中?
翠は懐かしそうに目を細め、学ランの背中部分をさらりと撫でた。
「なんで、背中?」
「……流の視線をお日さまのようにたっぷりと浴びた部分だからだよ」
「えぇっ?」
「なぁ、少し自惚れてもいいか」
げっ! 翠節が出た!
「あの頃の流は、思春期のせいか、なかなか僕と目を合わしてくれなかったけれども、いつも背後からそっと見守ってくれていたよね。僕はそんな視線を背中に浴びるのが好きだった」
「す、翠……それ反則」
翠がそんな言い方をするなんて。
おい、やはり酔っているのか。
「ふっ、もっと反則なことをしようか」
翠がさっと学ランを羽織り、丁寧に下からボタンを留めていく。
1番目は自分
2番目は一番大切な人
3番目は友人
4番目は家族
5番目は他人
ボタンの位置に意味があるのは、知っているさ。
「やっぱり、まだ着られるね。んー 嬉しいんだか、悔しいんだか」
「す、翠っ、よせ」
今の翠の色気でストイックな詰め襟を着るなんて、反則だ。
色気がダダ漏れだ!
「どうして駄目なの? 流が喜ぶと思ったのに」
「それは、そうだが」
「りゅーう、ここ、とめておくれ」
先ほどのカクテルのせいか。
たった一杯だったが、翠を酔わせるのには充分だったようだ。
翠が酔いしれた様子で目元を染め上げ、俺を見つめてくる。
あぁ、ゾクッとする。
色っぽい目つきが溜まらなくいい。
俺に詰め襟のホックを留めさせるというのか。
参ったな。
それは俺がしてもらう方だったのに。
「分かったよ。とめてやるから、よこせ」
「ん……流、何を?」
「これだ」
俺が欲しがったのは翠の気持ち。
「制服の第2ボタンが欲しい」
「あげる。いつか、そう言ってくれるのを待っていたよ」
心臓《こころ》に一番近い場所にあるボタンを、俺は欲していた。
「もらうぞ」
「んっ」
襟元のホックを留めた後、すぐに第2ボタンをむしり取るように奪うと、翠はまた優しく微笑んだ。
「良かった……これでスッキリした。もうこの制服は嫌な思い出ではないよ」
「翠……」
手の平に転がるボタンに、翠の真心を感じた。
「その言葉がどんなに俺を救うか」
「ん……やっぱり少しきついかも……もう脱がしておくれよ……流」
今日の翠は、我が儘で寛大だ。
全てのボタンを俺の手で外し、翠を裸に剥いた。
一糸纏わぬ滑らかな素肌は、ほんのりと上気していた。
「全部、俺のものだ」
「……それでいい。それがいい」
熱い抱擁と熱い接吻。
翠の心を、今宵も熱心に解放していく――
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