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蛍雪の窓 12

 翠のきめ細やかな素肌を、優しく撫でた。  胸元の手術痕には、くちびるで、そっと触れた。  すると翠は少しだけ困った表情で、身を捩った。  「そこはまだ駄目だ……まだちゃんと治っていない」 「安心しろ。もう手術の痕しか見えないから」 「本当に……もう……あの忌々しい痕はないのか」 「あぁ、丈が綺麗にしてくれたからな」 「ふぅ」  翠が安堵の溜め息を吐くと、引き締まった腹筋が揺れてエロティックだった。いつも禁欲的で優美な翠だが、うっすら付いた筋肉は男らしさを醸し出して溜まらなくいい。そそられるよ。 「翠……綺麗だ。俺の翠はとても美しいな」 「……くすぐったいよ」  耳元で囁けば、甘くはにかむ。 「いい笑顔だな。そういえば、先日の嫉妬心を露わにした顔も良かったぞ」 「流、もう、あの日のことは忘れてくれ……思い出しても恥ずかしいよ」 「いや、何度も思い返すさ。嬉しかったからな」  翠の栗色の柔らかい髪を手で梳き、左目の下にある色っぽい涙ボクロを、ペロッと舐めてやった。 「意地悪だな」 「……翠があんな風に感情剥き出して嫉妬してくれるとは、思わなかったからな」 「……僕だって人の子だ。普通に嫉妬するよ。それに未だに信じられないんだ。本当に僕でいいのかと……」  この期に及んで、まだそんなことを?  さてと、この可愛い人を今日はどうやっていただこうか。  頭の中はそればかりを考えてしまう。 「流、今日は抱かないのか」 「抱くさ! 抱かせてくれ! 抱くに決まっている!」 「ふっ、流らしいね」 「そうだ、せっかくの機会だ。制服を着てくれよ」 「え? また?」  制服姿の兄を押し倒して抱く。  それは、長年の夢だったから。    それにしても高校時代の俺は、煩悩の塊だったよな。  今もか?  衰えない性欲は翠だけに発動するのさ。 「流、もしかして……変なことを考えていない?」 「気持ち悪いか」 「……ううん。僕はね……高校時代から、流の視線が熱を孕んでいることを知っていたんだ。だから同類だよ」 「翠は優し過ぎるな」 「僕は流が大好きだからね。今日は『俺の翠』と言ってくれて嬉しかったよ。束縛されたいほど、好きだよ、流」  こ、この兄はもう……ハッキリ言って天然のたらしだ! 「仰せのままに」  学ランを羽織らせたまま、翠を抱いた。  その晩は、何度も何度も……  熱に冒されたように、翠の身体に執着し夢中になった。  翠もどこまでも俺の侵入を許し、委ねてくれた。 **** 「薙くん、お休み」 「あの……丈さん、さっきはごめんなさい」 「ん?」 「オレ、よく考えないで余計なことを言って……洋さん困っていたみたいだから」  どうしても謝っておきたかった。  丈さんは余裕のある大人だが、さっきは少し余裕がなくなっていた。   「洋は、もう大丈夫と言いたい所だが、洋の本心は、洋にしか分からない。だから私たちは、そっとしておいてやろうな」 「そうするよ。洋さんと仲直りしてくれよ」 「大丈夫だ。とっておきのアイテムを入手したから」 「もしかして、昔の制服?」 「どうして分かる?」 「ナイショ!」  俺の制服を作りに行った時、父さんも流さんも妙に懐かしい目で制服を見つめていたから、オレがおばあちゃんに頼んだのは秘密だ。 …… 「おばあちゃん、父さんの昔の制服って取ってある? きっと今見たら、懐かしいんじゃないかな」 「まぁ、薙ってば……翠が喜びそうなことを言ってくれるのね」 「ま、まあな」 「すっかりお父さんに懐いて」 ……  父さんと流さんは今頃、離れで制服を眺めて、酒でも飲んでいるのかな。  丈さん達も、丈さんの制服をネタに盛り上がりそうだな。  なんかいいな。  大切な相手がいるって。   オレはまだ15歳。  まだ本気の恋を知らない。  間もなく始まる高校生活、何かが起るのか。  待ち遠しいような、怖じ気づくような、不思議な心地だ。  ヘッドフォンを耳にあて、音量を思いっきり上げた。 「never never……」と繰り返す、この洋楽が好きだ。  膝を抱えて、曲の世界に没頭していく。  まだ満たされない想いは、どこへ―― あとがき(補足) **** 薙が聴いた曲は、私の創作HPのアトリエブログに掲載しています。 https://seahope0502.wixsite.com/website-1/post/

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