1404 / 1585

蛍雪の窓 17

「薙、おはよう」 「拓人、おはよう!」    登校途中に拓人に会ったので、そのまま肩を並べて歩いた。  これは……オレにとって当たり前の毎日だった。  だが明日からは違う。  春からは別々の高校に通う。  だから急に寂しくなってしまった。  拓人とはお互い中2の夏休みに転校して来た。そしてあのおぞましい事件に巻き込まれ、大変な目に遭った者同士だ。  拓人は自分も加害者だと言い張ったが、それは違う。拓人がオレを縄で縛ったことも、その先も……今でもはっきり思い出せるが、オレはその上を行くよ!   拓人もオレも被害者で、大人のエゴに巻き込まれただけだ。だからもう責めるなよ。負った傷は深かったが、拓人がいたから乗り越えられたんだ。 「拓人の高校は、オレの父さんの母校なんだって。だから学祭に遊びに行くよ」 「ありがとう。達哉さんの母校でもあるから喜んでくれたよ」 「じゃあ、お互いの父さんの母校だな」 「あ……うん」  拓人は達哉さんの養子になったのに、まだ人前で『父さん』と素直に呼べないらしい。それ、分かるよ。オレも父さんを父さんと呼ぶのに苦労した。何しろ呼び慣れていなかったからね。    「拓人のお父さんも参列するのか」 「あぁ、来てくれるって」 「よかったな」  それでもやはり寂しそうな拓人の顔に、胸が切なくなってしまった。  人生に岐路はつきものだ。でも違う道を歩んでも続く縁があるよな?  オレと拓人は、そんな関係でいたいよ。  どうしたらオレのもどかしい気持ちが拓人に届くのか。 「拓人、これは別れじゃない。始まりだ」 「始まり?」 「上手く言えないが、これからもよろしく!」 「薙……」 「そんな顔するなよ」  思い切って拓人と肩を組んでみた。 「あれ? 拓人、また背が伸びた?」 「薙も伸びたよな」  横を見れば背丈がほぼ一緒だったので、視線が重なった。 「拓人。オレたちの卒業は、あの過去からの卒業だ。これからは、もっとシンプルな関係になろう」 「そうだな。そう思うとすっきりするよ」 「だろっ」 「……これからが始まりか。薙の前向きな考え、気に入ったよ」  ようやく漏れた拓人の笑顔にほっとした。  今こそ笑顔で卒業しよう! ***** 『北鎌倉中学校卒業式』 「翠、行くぞ」 「あ……そっちが体育館なの?」 「そうさ。ここの体育館は奥まっているんだ。迷子になるなよ」 「ふぅん、ここに流が通ったんだね」 「翠は中高一貫だったから、珍しいのか」 「そうだね」  それにしても不思議だ。さっきからすれ違う保護者にチラチラと見られてしまう。目立たぬようにスーツを選んだのに、何故だろう?   「流、僕……もしかして浮いている?」 「翠、馬鹿、立ち止まるな。行くぞ」 「待って。どうしてこんなに見られるのかな?」 「はぁぁ」  流が大きな溜め息をつく。 「翠は相変わらず、無自覚過ぎる」 「何を怒って? あ……分かった! 僕ではなく流を見ているのか。それなら合点だよ。流のスーツ姿カッコいいもんな。兄としても自慢だよ」 「違う違う! 皆、美しい翠から目が離せないのさ。つまり不穏な輩が、俺の翠を誘惑しようとしているのさ!」  思わず流の口を塞ぎたくなった。   「ちょっ、何てことを言うんだ? もうっ」 「はは、それは冗談だが、スーツ姿の翠が最高にいい男だからだろう」 「それを言うなら流だよ。精悍さがにじみ出ているしね」  ついお互いを褒め合って、赤面した。    すると達哉がやってきた。 「よっ! お二人さん、随分と楽しそうだな」 「なんと! 達哉は袈裟で来たのか」 「ふふん。愛息子の卒業式だ。正装で来たが、翠のスーツ姿には負けるな」 「だから、僕は目立たないためにスーツで来たんだってば」  子供のように声を張り上げてしまい、恥ずかしさで埋もれそうだ。 「翠、落ち着け。余計目立つ」 「くくっ、翠、なんだか幼くなった? おっと、もう開式だ。体育館に入ろうぜ」

ともだちにシェアしよう!