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蛍雪の窓 17
「薙、おはよう」
「拓人、おはよう!」
登校途中に拓人に会ったので、そのまま肩を並べて歩いた。
これは……オレにとって当たり前の毎日だった。
だが明日からは違う。
春からは別々の高校に通う。
だから急に寂しくなってしまった。
拓人とはお互い中2の夏休みに転校して来た。そしてあのおぞましい事件に巻き込まれ、大変な目に遭った者同士だ。
拓人は自分も加害者だと言い張ったが、それは違う。拓人がオレを縄で縛ったことも、その先も……今でもはっきり思い出せるが、オレはその上を行くよ!
拓人もオレも被害者で、大人のエゴに巻き込まれただけだ。だからもう責めるなよ。負った傷は深かったが、拓人がいたから乗り越えられたんだ。
「拓人の高校は、オレの父さんの母校なんだって。だから学祭に遊びに行くよ」
「ありがとう。達哉さんの母校でもあるから喜んでくれたよ」
「じゃあ、お互いの父さんの母校だな」
「あ……うん」
拓人は達哉さんの養子になったのに、まだ人前で『父さん』と素直に呼べないらしい。それ、分かるよ。オレも父さんを父さんと呼ぶのに苦労した。何しろ呼び慣れていなかったからね。
「拓人のお父さんも参列するのか」
「あぁ、来てくれるって」
「よかったな」
それでもやはり寂しそうな拓人の顔に、胸が切なくなってしまった。
人生に岐路はつきものだ。でも違う道を歩んでも続く縁があるよな?
オレと拓人は、そんな関係でいたいよ。
どうしたらオレのもどかしい気持ちが拓人に届くのか。
「拓人、これは別れじゃない。始まりだ」
「始まり?」
「上手く言えないが、これからもよろしく!」
「薙……」
「そんな顔するなよ」
思い切って拓人と肩を組んでみた。
「あれ? 拓人、また背が伸びた?」
「薙も伸びたよな」
横を見れば背丈がほぼ一緒だったので、視線が重なった。
「拓人。オレたちの卒業は、あの過去からの卒業だ。これからは、もっとシンプルな関係になろう」
「そうだな。そう思うとすっきりするよ」
「だろっ」
「……これからが始まりか。薙の前向きな考え、気に入ったよ」
ようやく漏れた拓人の笑顔にほっとした。
今こそ笑顔で卒業しよう!
*****
『北鎌倉中学校卒業式』
「翠、行くぞ」
「あ……そっちが体育館なの?」
「そうさ。ここの体育館は奥まっているんだ。迷子になるなよ」
「ふぅん、ここに流が通ったんだね」
「翠は中高一貫だったから、珍しいのか」
「そうだね」
それにしても不思議だ。さっきからすれ違う保護者にチラチラと見られてしまう。目立たぬようにスーツを選んだのに、何故だろう?
「流、僕……もしかして浮いている?」
「翠、馬鹿、立ち止まるな。行くぞ」
「待って。どうしてこんなに見られるのかな?」
「はぁぁ」
流が大きな溜め息をつく。
「翠は相変わらず、無自覚過ぎる」
「何を怒って? あ……分かった! 僕ではなく流を見ているのか。それなら合点だよ。流のスーツ姿カッコいいもんな。兄としても自慢だよ」
「違う違う! 皆、美しい翠から目が離せないのさ。つまり不穏な輩が、俺の翠を誘惑しようとしているのさ!」
思わず流の口を塞ぎたくなった。
「ちょっ、何てことを言うんだ? もうっ」
「はは、それは冗談だが、スーツ姿の翠が最高にいい男だからだろう」
「それを言うなら流だよ。精悍さがにじみ出ているしね」
ついお互いを褒め合って、赤面した。
すると達哉がやってきた。
「よっ! お二人さん、随分と楽しそうだな」
「なんと! 達哉は袈裟で来たのか」
「ふふん。愛息子の卒業式だ。正装で来たが、翠のスーツ姿には負けるな」
「だから、僕は目立たないためにスーツで来たんだってば」
子供のように声を張り上げてしまい、恥ずかしさで埋もれそうだ。
「翠、落ち着け。余計目立つ」
「くくっ、翠、なんだか幼くなった? おっと、もう開式だ。体育館に入ろうぜ」
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